第27-5話
「……落ち着いたか」
「そうみたい。デボラさん、さすがに疲れて眠ってるわ」
私はゆっくりと扉を閉めた。……やっと、一息つける。
私たちは、「蜻蛉亭」にいた。娼館の部屋を病室代わりに使わせてもらえることになったのだ。
カサンドラさんは「お代は頂くわよ」と言っていたが。魔族であるエリックの姿を見ても嫌な顔をしなかった辺り、やっぱりいい人なんだろう。
カルロス君の処置は、一応無事に終わった。
デボラさんの付き添いで見ていたけど、「時間遡行」の過程で例の「触手」が背中から生えて来た時にはさすがに焦った。エリックを呼びに行こうと思ったくらいだ。
でも、もともと深い眠りに入ってたらしく、暴れることは幸いなかった。何でも、あのクロエさんという人の薬が効いていたらしい。
カルロス君の生命力はかなり失われているらしい。デボラさんからは「流れた血は元に戻せない」とは聞いていたけど、それと同じ理屈のようだ。
あのデイヴィッドには随分触手を斬られていたみたいだ。どうもその影響があるんじゃないかという。
それでも、彼が一命を取り留めたのは確かだ。
今、カルロス君はメディアさんが看病している。
まだ乗り越えなきゃいけない障害は幾つもあるだろうけど、一先ず大きな山は越えたんじゃないか。私はそう思った。
シェイド君はというと、猫の姿に戻ってまだ寝ている。私はもちろん、エリック以上に体力を酷使したのだろう。
そもそも、シェイド君にとって亜人の姿は仮初めのものだという。その状態を維持するだけでも、結構な体力を使うのだと聞いたことがある。
彼がいなければ、私たちがアヴァロンに勝つことはなかっただろう。いや、これは皆の勝利なのだ。
思い切り喜びたかったけど、そんな気力もないほど、皆疲れ果てていた。
とりあえず柔らかなベッドで、早く寝たいな……
でも、生憎そうもいかない。下には、私たちを待っている人がいる。
クロエさんとブランさんだ。
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1階の応接室に入ると、彼らが落ち着かない様子で座っていた。
「娼館なんて初めてだけど、こんな感じなんだな。もっとゴチャゴチャしてると思ってた」
「来る必要もないでしょ……あ、来た来た」
私たちは、彼らの向かいに座った。
「ごめんなさい、やっと処置が終わって……。お待たせしました」
「いえいえ、お気遣いなく。あなたのことは、アリスさんから聞いてるわ。今までで一番の学生だと」
「そんな……お世辞ですよ」
コホン、と隣から咳払いがした。エリックも相当に疲れているらしい。
「手短に頼む。正直、結構限界だ」
「そうね、申し訳ない。私たちがアリス・ローエングリン教授からのお願いで来た、とは言ったわね」
「ええ。でも、なぜあなた方が教授と知り合いなんですか?
確かに、反皇室派を支援しているとは聞いてましたが」
「厳密には『反皇帝派』ね。皇室にもマシなのはいるから。
アリス・ローエングリン教授……そしてジャック・オルランドゥ氏は私たちの協力者であり、皇帝に対抗する力を与えてくれるパトロンなの」
「……解せんな」
エリックが会話に割り込んできた。
「まず、一介の学者がテルモンの件に首を突っ込む理由が分からない。
それに、ブランだったか?お前はイーリス出身で、テルモンの件なぞどうでもいいだろう」
「……そもそも、何で私の父が反旗を翻したか、知ってる?」
「いや」
「皇帝ゲオルグの圧政が理由なんじゃないですか?」
私の言葉に、クロエさんが小さく首を縦に振る。
「それはもちろんある。でも、もっと大きな理由がある。
父はテルモン南西部にある小都市、ヘイルポリスの領主だった。そして、ヘイルポリスには小さな遺跡があるの」
「遺跡?」
「そう。『断絶の世紀』は知ってるでしょ?私たちの世界には、『500年前から過去の記録が一切ない』。
ただ、その手掛かりとなる遺跡は幾つか世界に存在する。ヘイルポリス遺跡もその一つ」
「断絶の世紀」はもちろん知っている。ただ、「遺物」や「秘宝」がその手掛かりになりうるものだとは聞いていた。
ただ、どこから出土したのかというのまでは知らない。
……何か、ざわざわしたものを胸の内に感じる。なんだろう、これ。
私は動揺を悟られぬよう、努めて静かに訊いた。
「教授が昔冒険者をやっていたのと、関係があるんですか」
「もちろん。彼女とジャック・オルランドゥ氏は、その発掘作業に携わってた。父もそれを後援していたの。
でも、皇室はそれを潰したかった。だから、3年前にヘイルポリスを襲撃したのよ。何とか死守できたけども」
「どうしてですか?ただの遺跡の発掘作業じゃ……」
その時、「まさか」とエリックが呟いた。
「……狙いは」
「ええ。遺跡に眠る『秘宝』や『遺物』。それを独占するつもりだったんでしょうね。
あれは、使い方によってはとてつもなく危うい。あなたたちは、身をもってそれを知っているはず」
……そういうことか!!鈍い私でも、やっと分かった。
今テルモンで起きていることは、ただの反乱じゃない。強大な武力をどちらが握るかという争いなのだ。
そして、遺跡ということは……
「『サンタヴィラの惨劇』とも、関係がある話なんですね」
「恐らくは。あなたが考える以上に、『秘宝』や『遺物』は世界を変えかねないの。それも、根本から」
「お前たちが着ていたあの鎧も『遺物』か」
ブランさんが肩を竦めた。
「いや、『パワードスーツ』は『秘宝』の方だよ。というか、よく誤解されるんだけど武具だからといって『遺物』とは限らないんだ。
その魔力の源となる『魔洸石』が含まれているか否かが大事でね。あれは、人の精神に重大な影響を及ぼすのさ。
パワードスーツの動力源はあくまで着用者本人の魔力と『電力』。至って平和な代物だよ」
「そんなものを、どうしてお前たちが?その遺跡からの出土品なのか」
「ご名答。で、俺はイーリスの反ユングヴィ教団派としてクロエたちに協力する立場ってわけだ。
まあ、こいつとはガキの頃からの腐れ縁なんだけどな」
クロエさんがやれやれと溜め息をつく。
「『幼馴染』と言ってくれないかな?ま、それはともかく。
私たちがここに来たのは、ヘイルポリスにいるアリスさんとジャックさんの支援をお願いしたいからなの」
「……え??教授たちは、モリブスにいるはずじゃ……!!?」
「襲撃の気配があったからなのかな。数日前にヘイルポリスに『転移』してきたのよ。ジャックさんの容態も良くないみたいでね……
あなたたちのことは、大分気にしてた。そして、ミカエル・アヴァロン大司教の動向も。
でも、彼女は動けなかった。『本当にごめんなさい』と、言伝を預かってるわ」
襲撃……多分、あのデイヴィッドだ。私たちは出くわさなかったけど、2人からカルロス君が戦っていた相手が彼であることは聞いていた。
それにしても、新しい情報が多くて頭が混乱する。というか、私の失われた記憶とも、何か関係があるんじゃ……
私は首を振った。きっと、考え過ぎだ。
「『支援』ということは、何かに巻き込まれているのか?」
クロエさんが頷いた。
「ええ。ヘイルポリスは今、テルモン軍によって襲撃を受けてるわ。
相手は……皇弟ナイトハルト・ウォルフガング。そして父とアリスさんは、その防衛に回ってる」
「そこで、俺たちの力を借りたい。そういうことだな」
「ええ。あなたの目的が、『サンタヴィラの惨劇』の真実を暴くことにあるのは知ってる。
だから、無理にとは言わない。でもさっきプルミエールさんが言ったように、決して無関係じゃない」
エリックが私の目を見た。答えは決まっている。
私はクロエさんに頷いた。
「やります」
武器・防具紹介
「パワードスーツ」
「秘宝」の一つ。全身鎧であり、滑らかな意匠を含め明らかに既存の鎧とは一線を画している。
その防御性能も破格であり、「スレイヤー」の力を解放した一撃も一応耐えることができる(ただし受ければ破壊される)。
外見は「アイアンマン」のそれをもう少し曲線的にしたものと考えればよい。クロエやブランの持つもの以外にも、1、2点存在する模様。
なお、左手のバックルに収納することができる。質量は約1kgと軽く、女性のクロエでも問題なく扱える。
本人の魔力に応じて身体能力を引き上げる効果もある。電力はサポート動力程度。兜内部は全方位モニターとなっており、周辺状況を分析するようにできている。
ブランが言う通り「秘宝」と「遺物」の最大の違いは「魔洸石」を内蔵しているかどうかに左右される。
パワードスーツにも「魔洸石」を内蔵する強化版があるようだが、それが現存するかは不明。ただ、あるとすれば間違いなく「特級遺物」だろう。




