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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第3章(ロックモール編)
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第23.5話

「ご苦労様です」


私の前に、朝食が並べられる。芋を蒸し、裏ごししたものに塩を振ったもの。

そしてケルの葉にオリーブ油を軽く振ったもの。そして、トリス名産の大豆のケーキ「トフ」だ。

味はどれも薄味だが、しかし十分な栄養価を持つ。毎朝同じ食事だが、食の楽しみなど私には無縁だ。


客間にいるのは私だけだ。一人で食事をするのも、もう20年以上になる。

私には家族など要らない。ただ、神のみ傍にいればよい。


手を合わせ、世が太平であることへの祈りを強く念じた。



朝6の刻ちょうど。私、ミカエル・アヴァロンの一日はこうして寸分変わらず始まる。



#


食事が終わり、まずやるのは説法だ。それは旅先においても変わりはしない。

テルモンのユングヴィ教徒は皆敬虔だ。モリブスの不信心な連中とは違い、皆静かに聞いている。

そして水浴びをした後、身支度を整えて職務に入る。8の半刻。これもいつも通りだ。


職務はいつも、補佐のユリウスが持ってくる書類に沿って行われる。

まずは……彼女の様子を見ることからだ。統治府の4階の貴賓室に、彼女はいる。


「失礼しますよ」


「……はい」


彼女はただ窓際にたたずんでいた。


「お変わりは?」


「いえ、特に」


「そうですか。……『女神の雫』は」


「まだできません。あと、数日」


「分かりました。静かに待ちましょう」


貴賓室は整然と片づけられている。彼女は食事も何も必要としない。水と日光。それさえあれば生きていけるという。

彼女に感情はあるのだろうか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。



彼女は、後数日すれば処刑される定めだ。

「女神の雫」さえ手に入ればいい、というわけではない。むしろそれは副産物に過ぎない。



彼女が生きていることは……いや、彼女が誰かと子を為すことは、大いなる災厄に繋がりかねない。

それは、150年前の教訓だ。そのことをユングヴィ教団はよく知っている。あるいは……彼女自身も。



「……怖くはないのですか」


「何がですか」


「死ぬことです。神に召されることを受け入れているということでもないでしょう」


一瞬、メディアの動きが止まった。


「……母なる大地に戻るだけですから」


……わずかな感情の揺らぎがあった。彼女を想う、あのゴンザレス家の青年が理由か。

それは、恋慕なのか。それとも……種を残そうという本能なのか。どちらにしろ、それは絶たれねばならない。


「そうですか。とにかく、お待ちしておりますよ」


部屋を出て、私は静かに息を付く。彼女の存在を早いうちに知れたのは幸甚だった。テルモンから急いで引き返した甲斐があったというものだ。

あと数日。あと数日でイーリスは救われるだろう。そして、未来の災厄も絶たれる。これを神に感謝せずして、何を感謝しようというのか。


笑みが思わずこぼれたのに気付き、私は咳払いする。次の目的地では、こんな表情は禁忌だ。

向かう先は、統治府の3階。そこには、もう一人の客人がいる。


#


「失礼します」


先ほどとは打って変わって、荒れた様子の部屋だ。部屋の隅で、年老いた男……エストラーダ侯の目が光った。まるで幽鬼のように。


「……できたのですか」


「いえ、まだ。あと数日と」


「あと数日!?それまでに、ファリスが死んだら……!!?」


私は彼に近寄り、手を頭の上に乗せた。気付かれぬよう、鎮静化の魔法をかける。


「大丈夫です。私たちが必ず見つけ出しますから」


「……本当でしょうな」


疑念が強まっている。言葉巧みにやり過ごしてもう2週間近くが経つが、さすがにもう限界か。

もし既にファリスが(恐らく)死んでいることを告げれば、彼の刃は私に向くだろう。


ネリドと一緒に、彼を消してもよかった。しかし、彼の娘に対する執着は利用できる。

そう考え、彼だけは生かしておいたのだった。……ある薬を投与しながら。


良心の呵責はない。所詮、モリブスのユングヴィ教徒は邪教徒だ。邪教徒は人ではない。家畜以下だ。

ただ、家畜と違って利用価値も場合によってはある。エストラーダ侯が、まさにそれだった。

もし、エリック・べナビデスとプルミエール・レミューがロックモールに来たならば……エストラーダ侯は、彼らを討つための刺客足り得る。

そう思って彼を残したが、動きは一向になかった。


シェリルがしくじったのは聞いている。そして、アリス・ローエングリンが来たらしいことも。

彼女は危険だ。ただでさえ危険なのに、ジャック・オルランドゥの元に戻ったのは非常に危うい。下手にモリブスには手を出せなくなった。

だとしたら、べナビデスとレミューが来るのを迎え撃つ方が得策だ。私がロックモールに戻ったのは、メディアの件だけでなく彼らへの対応も理由と言える。


それだけに、エストラーダ侯を抑えるのが限界に近付いているのは正直よろしくない。

「処分」を視野に入れるべき時が来てしまったのかもしれない。


……あと1日が限度か。そう思いながら、私は首を縦に振った。


「私が約束を違えたことなどございましたか?」


「……信頼しておりますぞ、大司教殿」


部屋を出ようとしたその時、外から禍々しい気配がした。……これは。


私は溜め息をついてドアを開ける。果たして、その男は階段を塞ぐように立っていた。


「……オーバーバックさんですか。今までどこに」


「お前の言う通りの『鼠狩り』さぁ」


「仕事はしているのでしょうね」


ニヤリと彼が嗤った。


「それだがなぁ……2ついい知らせがあるぜぇ。まず、お前が追っていた『魔王エリック』と、昨晩会ったぜぇ」


「何ですって!!?」


やっと来たか!ロックモールを通らずに皇都に着くのはかなり難しい。険しい山を越えねばならない上、補給もままならない。

女連れならば、確実にここを通るはずだと踏んでいたが……


そして、オーバーバックが魔王と会ったということは。


「始末はしたんでしょうね」


「いやぁ。少し遊んでそれきりだぁ。せっかくだから、長く遊び相手になってほしいからなぁ」


「……舐めているのですか」


激しい落胆と怒りが沸いてきた。世界を災厄から遠ざける機会をおめおめと逃すとは!


オーバーバックを睨み付けると、彼はその笑みを深くした。


「舐めてねえぜぇ?そもそも、俺とお前の関係は何だぁ?上司と部下かぁ?

違うなぁ、ただの契約関係だぁ。そしてそこには、『エリック・ベナビデスを消す』は入ってねぇ……」


「それでも六連星の一員か」という言葉が出かかって、私はそれを必死で抑えた。


確かにオーバーバックは六連星だ。しかし、その意思は誰にも縛れない。たとえ、アルベルト王でも。あるいはハンプトン卿でも。

彼の力は、あまりに強大だ。六連星に入れたのは、この男が危険すぎるから味方に引き入れたという理由以上のものはない。


そして、他の六連星と違い……この男には、世界を守ろうとする意思は全くない。

ただ、好きな時に飲み、好きな時に博打を打ち、好きな時に女を買う。その意思を縛るには、あまりにこの男は強大なのだ。


「分かってるなぁ、大司教さまぁ……俺にとっては、『記憶』がどうだとか関係ねぇんだよぉ……ヒリヒリするような勝負ができればそれでいぃ……。

せっかくだからもう一つ教えてやるよぉ。多分だが、カルロスってガキと魔王は組んでるぜぇ」


「……本当ですか??」


「ああ、恐らくなぁ。だが、俺はこれ以上タッチしねぇぜぇ?『狩り(ハント)』以外に、今の俺の興味はねえからよぉ」


何という僥倖!!世の災厄を、2つ同時に取り除ける好機が舞い降りるとは!!

やはり、神は私を愛しておられる。何と素晴らしき日か。


「……ええ、いいでしょう。好きになさい」


「ククク……じゃあ、俺は消えるぜぇ」


トントントン、とオーバーバックが階段を降りる。私はエストラーダ候に向けて振り返った。



「貴方に、向かってほしい所があります」




キャラ紹介


ミカエル・アヴァロン(47)


男性。181cm、63kgのやせ形。細目で短い白髪頭で、いつも穏やかな微笑みを湛えている。

イーリス聖王国のユングヴィ教団大司教。東の原理主義派(元教派)を束ねる。


温厚で几帳面だが神経質。常に同じ時刻に同じ行動をすることを旨としており、全ての欲は不要と断じている。

金にも美食にも女性にも関心がなく、清廉潔白が服を着て歩いているような男。愛するのは神のみと公言して憚らない。

とはいえ、厳格ながら人格者でもあり、人望は厚い。

ユングヴィ教団の教えに徹底して忠実な男でもあり、殺人や姦淫などは決して行わない。

ただ、自らの手を下さないやり方で都合の悪い人間を「消す」ことはある。


また、世俗主義派を邪教徒と捉えており、表面上はともかく内面では人として扱っていない。

「人でない者」、つまり敵に対しては徹頭徹尾冷酷であり残虐である。そのため、イーリスには彼を恐れる人も少なくない。


戦闘能力は白兵戦については低い。ただ、魔力は甚大であり当代でも屈指の存在なのは疑いない。

アヴァロンの過去については一切不明。ただ、神への絶対帰依を誓う理由はそのあたりにあるようだ。


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