第19-4話
その時、時間が止まった。
今目の前で起きていることが、理解できない。いきなり「シェリル」の後方から現れた娼婦が、彼女を刺した。何が起きたの?
「ぐ……ぐおぉぉっっ!!!」
「シェリル」は肘打ちで娼婦を引き剥がした。娼婦はそのまま数メド先に吹っ飛ぶ。
ポタポタと赤い血が雨で濡れた地面へと垂れていく。致命傷かは分からないけど、これが深手なのは私にも分かった。
「あ……貴女はっっ!!?」
かすれた「シェリル」の声に応じるように、ゆらり、と娼婦が立ち上がる。口から流れる血を拭うと、ニヤリと笑った。
「この時を待っていたぜ……『シェリル』。お前が来たお蔭で計画の変更を、余儀なくされたがな……」
その口調は、まさかっ……!!?
「ビクターッッ!!?」
「おいおい、ネタバレはやめてくれよ……もう少し混乱させたままでいさせてほしかったが」
ランパードさん!!?じゃあ、今立っているのは……?
「……まさか、貴方っ!!?」
「そう、『憑依』だよ。条件付きで発動する、特殊な術式を使った。多少後ろめたかったが、まあそれはいい」
短剣を「ランパード」さんが構える。ギリッ、と「シェリル」の隣にいたエルフの女性が歯噛みしたのが分かった。
「『人形繰り(マリオネット)』が、甘かった??」
「いやあ完璧だったさ、リリス。伊達にお前さんにモリブスの任務を預けてたわけじゃねえよ。しかも『シェリル』の力まで上乗せされてたからな……事前の対策なしじゃ詰んでた。
正直、『六連星』の一角がいたのは大誤算だったぜ……心配かけたな、姫」
「ううんっっ!!」
泣きながら彼女が首を振る。「シェリル」はというと、傷口に手を当ててはいるけど、まだ立っている。回復魔法、それも、相当強力なやつをかけているようだった。
彼女が「ランパードさんの身体」を見た。
「……まさか、この身体は」
「ああ、ただの『脱け殻』だ。お前さんに会って、咄嗟に『罠にかかったふり』をしたというわけだ。
……しかし、幽閉されているはずの『シェリル・マルガリータ』の正体が、あんただとは思わなかったぜ……」
空気が、重く、冷えていくのが私にも分かった。「シェリル」からの殺気が強まったのだ。
それに構わず、「ランパード」さんが言う。
「そうだろ?『魔女テイタニア』。いや『三聖女』が一人『テイタニア・ランドルス』」
「「え」」
「何っ!!」
エリックも叫ぶ。「三聖女」って……「サンタヴィラの惨劇」の、生き証人じゃないっっ!!?
「……その名は捨てましたわ」
「だろうな。一つ言えるのは、お前はテイタニアであってシェリルでもある。シェリルの意思はあるんだろうが、お前自身の自我も感じる」
「それに、答える、義理は……ないっっ!!!」
ブォン、と斧が振り下ろされた。「ランパード」さんはそれを辛うじて交わす。
「……っぶねえ。この身体じゃ厳しいな……。お前が手負いで助かったぜ」
「……マリアの走狗がッッ!!皆殺しに……」
「エオンウェ」が地面に突き立てられた瞬間……「シェリル」が、身を大きく捩った。
バォンッッッ!!!!
銃声と同時に、遥か向こうで何かが壊れる音がした。娼館の壁が、粉々になっている。
私やエリザベートはもちろん、エリック、そして「リリス」と呼ばれたエルフも身動きが取れなかった。
突然の出来事に対する驚きだけじゃない。教授と「シェリル」の圧力が、凄すぎるからだ。
教授が静かに告げる。
「……さすが、よく避けたわね。でも、次は当てる」
「…………」
「シェリル」が険しい表情で辺りを見渡した。
「……これ以上、ここにいるのは危険なようですね。リリス、あとは頼みましたよ。『増援』、そろそろでしょう?」
「ええ、お姉様。彼らは私が必ず」
「私は退きます」
短く答えると、「シェリル」は教授を睨んだ。昏く、憎悪のこもった漆黒の瞳で。
「……アリス、貴女は私が必ず……この手で殺す」
そう言うと、彼女が何かを取り出した。すぐに、その前に空間の歪みができる。
「……逃がすかっ!!」
一気にエリックが間合いを詰める!しかし、その一閃が届く直前に……「シェリル」は姿を消した。
教授が忌々しそうに、彼女が消えた虚空を見つめる。
「取り逃がした、わね。……その台詞、そっくり返すわ『裏切り者』」
「『裏切り者』??」
「説明はここを切り抜けてから。そろそろ、来るわ」
花街の入り口から、10人ほどやってくるのが見えた。あれは……!!?
「ラファエルさんにウィテカーさんっっ!!?」
やった!という安堵は、次の教授の一言ですぐに消えた。
「あれが『増援』ね」
リリスと呼ばれた女が、ニィと口の端を上げる。
「そう。私の『お人形』。ランパードの身体も、まだ操れますよ。お姉様ほど上手くはないけど」
「人の身体だからといって無茶しやがって……っっ!!?」
ビシイィィ、と「ランパード」さんの前に鞭が振り下ろされる。
「貴方にしてはあっさりやられたと思ったんです。やはり貴方は、警戒すべきだった」
「今までの経験上、シェリルの『中枢』は『人形繰り(マリオネット)』を使ってくると知ってるからな。……まさに『禁術』だぜ。
だが、種が割れてりゃ、対応できる魔法でもある……っと」
立て続けのリリスの攻撃を、「ランパード」さんは辛うじて避けていく。
「『シェリル』……いや、テイタニアの力で『中枢』になっても、戦闘能力自体が高まったわけじゃねえな。動きが甘めえ」
「いつもいつも偉そうにっっっ!!!」
ビユッッという風切り音がここまで聞こえた。それと同時に、ランパードさんの身体の方も「彼」に向けて突進していく!
キィン
「お前の相手は、俺だ」
刃はエリックの短剣で受けられた。すかさず蹴りを放つけど、それは空を切る。
「おいおい、加減してくれよ?殺すと俺まで逝く」
「知らんな。にしても」
彼らの周りを、7人ぐらいの娼婦たちが取り囲む。どうするの?
「プルミエールッッ!」
教授が叫ぶ。そうだ、こっちにも人が来てるんだった!!
一斉に、ワイルダ組の人たちが襲い掛かってくる!
特にラファエルさんは速いっ!最優先で止めないと……!!
「ぐおおおおっっっ!!!」
まるで剣のような爪が、目の前に迫る!
「『幻影の矢』!!」
彼の顔に矢が直撃する。「うおおおおっ」という叫びと共に、ラファエルさんは踞った。
でも、その背後からは……デボラさんの弟が!?
ボゴォッ
誰かが彼を吹き飛ばす。……え。
「シェイド君!!?」
「何ぼーっとしてるにゃ??まだまだ来るにゃ!!」
そう言うと、シェイド君はオーガの大男を右拳の一撃で昏倒させた。魔法で膂力を大幅に高めてると、私は直感した。
「う、うんっ」
魔力はかなり使っちゃってるけど、何とかしなきゃ。私は出力を抑えた「矢」を次々と放っていく。
それにしても……強い。向こうで大勢を相手に立ち回っているエリックやランパードさんはもちろんだけど、シェイド君もこんなに強かったんだ。
そして、何より……
「『石の弾』」
教授の周囲で浮いていた幾つもの石礫が、まるで弾丸のように放たれた。それらは的確に、ワイルダ組の人たちや娼婦の脚に当たっていく。
致命傷じゃない。でも、動きを大きく制限するには、十分な打撃だ。この人たちに罪はないから、足止めに特化してるんだ。
ただの、優しくて優秀な指導教官だとばかり思っていた。しかしこれは……
間違いない。アリス・ローエングリンは、とても戦い慣れている。
「何者なんだろう……?」
エリザベートが呟いた。そう、彼女がただの学者じゃないのは、もう間違いない。でも、今はこの危地を抜け出すのが先だ。
鍵を握るのは……やはり。
エリックをチラリと見た。息は荒く、酷く疲弊している。
極力操られてる人たちを傷付けないように戦ってるみたいだけど、あれは相当疲れるんだ……!
何より「ランパードさんの身体」……娼婦たちだけならなんとでもできただろうけど、それの攻撃は相当に激しい。
もちろん、それはランパードさんも同じだ。こっちはもう少しで片付きそうだけど、彼らがもたないかもしれない!
「さすがに……もう限界の、ようですね」
勝ち誇ったようにリリスが言う。「ランパードさんの身体」も、止めを刺さんと突きの体勢になった。……まずいっ!!!
その時、ずっと身を屈めていたエリザベートが私に囁いた。
「ごめん、貴女の身体を貸して」
「え」
「いいから貸して!!」
向こうではリリスが鞭を振り上げた。もう考えている、余裕なんてない!!
「分かったっっ」
次の瞬間、私は意識を失った。
魔法紹介
「石の弾」
大地精霊魔法。石の弾を作って放つ基礎的な魔法だが、使い手が達人なら極めて強力な魔法にもなる。
アリスは10数個の弾を高速で放つことで、複数対象の足止めを行った。
加減しているため殺傷能力は抑えられているが、その気になれば本物の弾丸同様に貫通することも可能。
もちろん、石の弾を巨大な岩と化して放つこともやろうと思えばできる。
「膂力」
肉体強化魔法。一時的に剛力を身に付けることができる。
魔法としては初歩だが、こちらも使い手によっては強力なものに化ける。シェイドの得意魔法の一つでもある。
なお、体術は我流+エリックの指導によるもの。エリックにはさすがに劣るが、それでも魔法なしのランパードよりは強い。




