第2話
「んっ……」
目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。どうやら布団の中らしい。
……
「きゃああっっっ!!?」
私は跳ね起きた。自分が、下着だけの姿だと気付いたからだ。
「騒ぐな、小娘」
高い声が響く。その主は窓際に座り、鋭い視線を私に向けていた。
「心配しなくても手を出しちゃいない。血塗れのまま寝かせるわけにもいくまい」
その通りで、私の身体も髪もきれいな状態のようだった。ということは……
「ま、まさか……私を裸に……??」
「睡眠魔法をかけてる間にな。……繰り返すが、手は出してはいない」
顔から火が吹き出そうになった。そんな……父さん以外の男の人に、生まれて裸を見られたなんて……
「ど、どういうつもりなのっっ!!?」
「だから血塗れのままだとシーツが汚れるだろう?ここは普通のホテルだ、きれいなままにしておくのが礼儀だろう」
浅黒い肌で分かりにくいけど、彼の顔も赤くなっているようだった。
「……本当に、何もしてないのよ、ね」
「……初対面の女、それも意識を失っている女に無理矢理するほど俺は外道じゃない。
にしても暢気なものだ、殺されかけたというのに、自分の裸の心配か」
私はハッとなった。そうだ、黒装束の男たちに刃を突き付けられ、そこに彼が現れた……
「……あ、あなたは何者なの」
「俺か。俺の名は、エリック」
エリック……古にいたという「大魔王」と同じ名だ。
「噂の『魔王』って、あなたなの」
少し驚いた表情を見せた後、彼はニィと笑った。
「話が早いな。そうだ、俺が『魔王』だ」
こんなに小さいのに?という言葉を私は飲み込んだ。不意を突いたとはいえ、一瞬で2人を殺したこの子が普通であるはずがない。
ガタガタと身体が震えた。昨日の夜のことを思い出したのと、これから彼が一体何をするのかということへの恐怖からだった。
「な……何で『魔王』が、私を」
「別に殺そうとか思ってるわけじゃない。もちろん身体が目当てでもない。
俺の目的は、お前をサンタヴィラ王国跡地に連れていくこと」
「……サンタヴィラ??」
自らを魔王と名乗る少年は頷いた。
「そうだ。先代の『魔王』ケインが、国民を皆殺しにした、その地だ」
「一体、何のために」
「お前に『思い出させてもらう』ためだ。20年前、あそこで本当は何があったかを」
……ドクン
ちょっと待って。この子……まさか、私の魔法を知っている??そんな馬鹿な!?
驚きのあまり固まっている私に、自称魔王は笑いかけた。
「お前が思うほど、オルランドゥの情報管理は堅くないんだよ。
お前が一週間後の学会に合わせて発表する新魔法『追憶』。そのことぐらい、俺は知っている。そして、お前を狙った連中もどういうわけかお前の魔法を知っていた」
「……え」
「『追憶』はこれまで国家が秘密としてきた機密を暴きかねない。権力者にとっては、この上なく危険な魔法だ。
だから、『追憶』のことを知ったならお前を消したいと思ってる連中は少なくないはずだ。殺すまではいかなくても、生涯自分の監視下に置こうとするだろう」
「嘘……じゃあ、昨晩のも」
「多分な。どこの誰かは分からない。少なくとも、今日の新聞には昨日の殺しのことは書いてない」
そう言うと、魔王はポイと私に新聞を投げた。
「俺も軽く死体をあらためたが、身元が分かる物証はなしだ。まあ、魔族じゃなかったからズマの人間じゃない」
「そん、な……」
「だから、お前に選択肢はない。このまま魔術学院に戻っても、昨日みたいに襲われるのが落ちだ。俺と一緒に、サンタヴィラに行くしかないんだよ」
「……『サンタヴィラの惨劇』には、生き証人の『3聖女』もいるわ。魔王が国を滅ぼしたのは、歴史的な事実……」
急に魔王がこっちにやってきて、首根っこを掴んだ。
「それが事実だと、誰が決めた??人が言えば、それが事実になるのか??ああっ???」
「か……は……」
息が、苦しい。小さい身体なのに、なんて力だろう……意識が、遠退き始める。
魔王は我に返ったのか、急に力を緩めた。
「げほげほっ!!げふっ……」
「……すまない。……だが、俺はサンタヴィラの惨劇を疑っている」
「ど、どうして……」
「……俺の知る魔王は、そんなことをする人間じゃないからだ」
「え」
少しだけ、沈黙が流れる。
「……まさか、あなたって」
「そうだ。……魔王ケイン・ベナビデスの息子だ」
「でも、あれは20年前で……」
この子はどう見てもせいぜい15ぐらいだ。基礎学校の生徒だと言われても通るだろう。20年前に生まれているはずがない。
魔王が苦笑した。
「魔族の寿命は他の種族とそう変わらん。だが、俺のベナビデス家だけは別だ。エルフの連中並みには生きる。
だから、俺の成長は普通の半分だ。もちろん、お前よりは長く生きている」
「……じゃあ、28歳って」
チッ、と魔王が舌打ちする。
「あの店主、余計なことを……」
本当に年上だったのか。それなら、この態度の大きさは少し納得が行く。
「じゃあ、あなたは……父親の無念を晴らそうと」
「そんなんじゃない。ただ、納得が行かないだけだ。
父上があの国を滅ぼした、それは多分事実だろう。だが、俺の知る父上と『魔王ケイン』は全く噛み合わない。
真実を知りたい。ただ、それだけだ」
魔王が真っ直ぐ私を見た。漆黒の瞳はどこまでも深い。
ああ、彼も私と同じなのか。
この少年……というよりこの男性のことを、私は全く知らない。一般的な、邪悪な魔族なのかもしれない。
ただ、嘘をついているわけでは全くなさそうだった。特に、自分が知らない真実を知りたいと願う心には曇りがない。
それぐらいは、目を見れば分かる。それに、邪気を孕んだマナは彼からは感じ取れなかった。
しかし……決断はできなかった。アリス教授に、一言相談したかったからだ。
「……少し、考えさせて」
「そんな余裕はないぞ。ここにいられるのも、せいぜい今日が限界だ。これからお前を狙う連中は増えていく。だったら、早めに逃げを打つ」
「でもっ!!教授に、一言言わないと!」
「お前が今会いに行けば、確実に教授も巻き込むぞ??行き先を知っているはずだと拉致されるかもしれない。
アリス・ローエングリンは有能な魔術師らしいが、暗殺者を撃退できるほどなのか?」
私は言葉に窮した。魔王が溜め息をつく。
「失踪の件は、後で伝書鳩でも飛ばしておけば済む。今は、オルランドゥから逃げるのが先だ。……少し、席を外す」
「え」
「血塗れの服を着たら目立つだろう?新しい服を買う。それでモリブスに向かうぞ」
「サンタヴィラって、ここからだと北西じゃ?アングヴィラ経由で行った方が……何で逆方向へ」
魔王が苛立った様子でまた舌打ちした。
「馬鹿か?ここの東にあるのはアーデンの森だ。ただでさえ魔物が多くて俺でもお前連れじゃ危ない。
しかも安全なルートはアングヴィラの管理下だ。魔族の俺が通れると思うか?小娘」
「……私は小娘じゃない。プルミエール。プルミエール・レミュー」
「小娘もプルなんとかも一緒だろう?とにかく、東に行って最短距離は無謀だ。西からオルランドゥ大湖を反時計回りで行く」
「そんなっ!!遠回……」
そう言いかけて私はやめた。
……これはむしろ好都合かもしれない。その道程なら、テルモンも通る。つまり……
「追憶」で、10年前の事実が分かるかもしれない。
私は首を縦に振った。
「……分かった。でも、一つ聞かせて。サンタヴィラに行って、もし真実が分かったら……その時、私はどうなるの?
……そしてあなたはどうするつもりなの」
「前者については、ちゃんと報酬付きで解放してやる。金は唸るほどあるから、全てが終わったらそれなりに不自由のない日々が送れるはずだ。もちろん、身の安全を保証した上でだ。
後者については……分からない。どうするのか、自分でも分からない」
「え?」
魔王は悩んでいるようだった。まるで、見た目相応の少年みたいに。
「……ただ、俺は……ベナビデス家の長として、それを知るべきだと思う。どんな残酷な真実であっても。
それを知らないと、俺は……そして魔族は、先には進めない」
「……あなた……」
魔王が苦笑した。
「これぐらいでいいだろう?夜にはホテルを出る。少し寒いかもしれないが、しばらくは下着で我慢してくれ」
そう言うと、小さな魔王は部屋を出ていった。
#
「じゃあ、行くぞ」
魔王はフードをすっぽりと被った。私はというと、魔法使い御用達の黒いローブ姿だ。「いつも慣れている服装の方がいいだろう」ということらしい。
これからは長旅になる。魔王の背中には、2人分の着替えがギッシリと詰まったザックがあった。魔法使いと行商人、ということで通すのだという。
教授には、まだお別れの言葉を言えてなかった。無断でオルランドゥを出ることには、とても罪悪感がある。今日は安息日だったからいいけど、明日私が来ないと知ったらどんなに悲しむだろう。
……それでも、私が狙われているのが事実なら。そして、その被害が教授たちにも及ぶのなら。この決断は、もうやむを得ないことなのだ。
辺りはすっかり暗くなっている。今日は徒歩で隣町のユージーンまで行くらしい。
ここからは15キメドほどある。……そんなに長い距離を歩いたことなんて、今まであっただろうか。
「どうした」
「……いえ、大丈夫」
魔王に促され歩き始める。彼のことを信用したわけじゃない。でも、私を守ってくれるのは、彼だけだ。
私が使える攻撃魔法なんて、たかが知れている。昨晩のことを思い返すと、改めて身震いがした。
オルランドゥの街を出ようとした、その時だ。
……ゾクン
向こうに、強い魔力を感じる。魔王も足を止めた。
「……いるな」
「待ち伏せ!?まさか、あれも私を……」
「恐らくはな。多分、街の各出口に人員を配置している。かなり組織だった動きだ。ただ……あそこにいるのは1人だけだな、そこは救いだ」
「どうして1人だけなの」
「そもそもの人員が少ないのだろうさ。あとは単純に……あそこにいる奴は強い。昨日の間抜けとは、明らかに違う。1人でも十分、ということだろう」
「どうするの?」
魔王は一瞬黙った。
「やり過ごせればいいがな。だが、望み薄だ。一応、フードで顔は隠しておけ」
少し進むと、ハッキリと待ち伏せする人物の姿が見えた。木に寄りかかり、街灯の明かりが男を照らしている。
軽装だが、目は鋭く隙がない。私でも、彼が訓練を受けた人間だとすぐに分かった。
「そこの魔法使い、止まれ」
ビクッと、私は金縛りのように固まった。
「な、何ですか一体」
「フードを上げろ。確認だ」
その時、魔王が何かを私に手渡した。……指輪?
次の瞬間。
ゾワアアアアアアッッッッ!!!
彼から、強い魔力の奔流が放たれた!!まさか、これで力を押さえ付けていた?
魔王が剣を抜く。小振りの短剣だ。
「命が惜しければ、黙って通せ」
男は少し驚いたような表情になったけど、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「噂の『魔王』か」
「分かってるなら話が早い。歯向かうなら殺す」
「冗談が下手だな」
男は、ぬらりと深紅の大剣を抜いた。
「『遺物』が一つ『スレイヤー』。この剣の錆にしてやるよ」
キャラクター紹介
プルミエール・レミュー(22)
女性。出身はテルモンの首都、皇都テルモン。12歳の時に「英雄」の一人にして現アングヴィラ王国宰相のクリス・トンプソンの庇護のもとアングヴィラに移住。
魔力の突出した才を認められる形で16よりオルランドゥ魔術都市に留学する。
現在6年生(現在の基準で言えば修士2年)。成績優秀であり、「土地の記憶」を呼び起こす魔術を研究している。
身長162cm、体重53kg。少し長めの黒髪で眼鏡をかけている。
地味めの外見であり服装にも無頓着だが、顔立ちは整っており磨けば光る。巨乳。研究一筋で恋愛経験はない。
酒好きでありしかも強め。酔うと笑い上戸になる。
基本的には控えめな優等生キャラだが、若干天然気味の毒舌を吐くことも。自分に自信があまりなく、ノリも少し暗い。それは言うまでもなく過去の出来事に由来するものである。
エリック・ベナビデス(28)
男性。出身はズマ魔侯国の首都、エリコグラード。8歳の時に「サンタヴィラの惨劇」が発生、その際に国を追われる。
その後の消息は(現在の所)不明。何者かの手引きでオルランドゥ魔術都市に「魔王」を称して現れた。
父親は「サンタヴィラの惨劇」を引き起こした「魔王ケイン」。彼にとっての魔王は決して悪人ではなかったようだが……?
160cm、55kg。浅黒い肌に赤みがかった短髪。
見た目は13ぐらいの少年にしか見えない。ただ、目付きだけは外見不相応に鋭い。大食漢でありよく寝る。本人曰く「燃費が悪い」。
偉そうな物言いをするが基本的には紳士。女性に対する免疫はあまりない。感情の沸点は低いが、冷静になるのも早い。




