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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第2章(花街動乱編)
27/92

第19-1話


その日のモリブスは、小雨が降っていた。雨除けの外套が、俺たちの顔をすっぽりと隠している。

外套から滴る雨がうざったいが、姿を見られてはいけない俺たちにとっては僥倖かもしれない。


「どこに行くの?やっぱり、ベーレン侯の私邸?」


「それが一番手っ取り早いな。まず、誰がベーレン侯の妻を『操ったのか』を探る必要がある。ただ……」


「既に全員操られてるかもしれない……そういうことね」


俺はプルミエールに頷く。シェリルの力は全くの未知だ。ただ一つ言えるのは……


「シェリルの『憑依』は、私やビクターのと違う。同時に、複数に、しかも本人を介さず広げられる……まるで病原菌か何かみたい」


「『憑依』の発動条件って?」


「私の場合、しばらく対象に触る必要があるの。大体、10秒ぐらい。『憑依』の間、本人は意識を失うけど。でも、シェリルも同じなのかは分からない」


エリザベートがポツリと言う。まだ、ランパードのことが気掛かりらしい。


「その通りだ。だから、探らねばならないのはまずは『手段」。そして『加害者』。

そいつがシェリルと特に繋がりの深い『中枢』であればいいが、多分そうじゃないだろうな」


ランパードは2日前、俺たちにこう言い残していた。「シェリルは自分の石を完璧に反映させる『中枢』を介して影響力を広げる」と。

ただ、どうやって影響力を広げていたかは遂に奴も分からなかったようだ。だからこそ、奴は「中枢」を見つけるのにこだわっていた。

「『中枢』を殺せば、『憑依』の効果が全て消える」からだ。


恐らく、奴はその特定に手間取っている。あるいは、特定できたが脱出が難しい状況に陥っている。

奴が死のうが生きていようが俺にはさほど関心がない。ただ、プルミエールは悲しむだろう。そして、エリザベートも。


だから、俺たちが代わりにやらねばならない。鍵になるのは、ジャックの言っていた通り……プルミエールだ。


#


「……私にかかってる?」


プルミエールが、意外そうに言った。ジャックは首を縦に振る。


「そうだ。お前の『追憶』。この数日の修練で、少しは進化したはずだ。

土の精霊の力を借りて土地の記憶を呼び起こし、水晶玉に反映させるのがこの魔法の骨子だ。

そして、マナの運用幅が修練で広がったことで……呼び起せる対象も広がっているだろう」


「というと?」


「土の精霊を人に一時的に宿らせる。そして、本人が『見た』ものを反映させることもできるはずだ。

今の『追憶』は、その場所で起きた出来事しか再生できない。

対象を土地ではなく人にすることで、運用の幅が広がるというわけだ」


「……でも、それって……本人の同意が必要では」


「必ずしも必要じゃない。極論、死んで『物体』となっていても運用は可能だ。むしろ、そっちの方が分かりやすい」


プルミエールの顔色が変わった。こういうことに対する耐性は、彼女にはない。恐らく、一生付きそうもないだろう。


「……誰かを殺せ、とでも??」


「意識を失っている状態であればいい。要は、物体に近い状態であればいいんだからな。同意があれば当然可能だが」


「なら、ベーレン侯に使えばいいじゃないか。同意は当然得られるだろう?」


デボラの言葉に少し考えた後、ジャックが否定した。


「いや、ジョイスの肉体は朝方の状況に戻っている。つまり、この肉体は『乗っ取られた』時のことを『覚えていない』。だから、真相を探りたいならば……」


「俺の嫁、ってことたい」


「そうなるな。だが、良いのか?」


「ちょっとやそっとじゃ死なんちゃ。遠慮せずやっていいたい」


「となると……」


ジャックが俺を見た。


「荒事になりそうだな」


「あ、くれぐれも殺しだけはやめてくれんか。極力、誰も傷つかんようにしたいんよ」


「分かってるさ、ベーレン侯」


#


そして俺たちはモリブスの市街地に来た。2回の「時間遡行」で疲弊しているデボラと、万一の時の守りに必要なシェイドは残している。

強行突破という手はなくはない。ただ、犠牲が出る可能性も決して低くはない。俺一人ならそれでもいいが……プルミエールとエリザベートがいる以上、あまり無茶もできなそうだ。


「……誘き出すしかないか」


「誘き出すって、ベーレン侯の奥さんを?」


「そうだ。ただ、『憑依』の条件が分からない以上、できるだけ慎重にやる必要がある」


どうにも手段が思いつかない。搦め手は苦手だ。


エリザベートが何かに気付いた。視線の先にいるのは……猫?


「あの子、使えないかな」


「え?」


「どこまで『憑依』の効力があるのかは分からない。でも、ふと思ったんだ。『何でベーレン侯は銃を使ったのか』って」


「何でって……」


プルミエールは首を傾げている。確かに、言われてみれば妙だ。


「ベーレン侯って、幻影魔法の達人なんでしょ?あんな直接攻撃しなくても、もっと上手いやり方だってあるはず。

あなたもそれっぽいことできるじゃない。『幻影の霧』、だっけ?」


「あれは幻影魔法というより、精霊魔法と精神感応の合成に近いけど……でも、確かにもっと簡単に私たちを襲えたはず」


「そう。つまり、『憑依』している間はその人の能力は使えない。恐らく、『中枢』はすごく単純な指令しか『衛星』に出せないんじゃないかな。逆に言えば、私の能力とかに気付くことはない」


「……!!そうか、だからあの猫を使って……」


エリザベートが頷いた。


「もちろん、普通にやってたらまず誘き寄せるなんてできないわ。でも……」


エリザベートが計画を話し始めた。これは一種の賭けだ。しかし、成功すれば……誰も傷付けず、彼女を生け捕ることができる。


「できるのか?」


「最初のとこさえ上手く行けば、多分。問題は使っている間、私の意識が失われるということだけど……多分、効力範囲は広がってるとは思う」


「なるほど、そういうことか。とすると、自動的に配置は決まるな」


「うん。私とプルミエールはワイルダ組に行く。あなたは、これを持ってここで待ってて」


エリザベートが黒い球を俺に手渡す。


「了解だ」


#


彼女たちが去って半刻。弱っていた件の野良猫が、ベーレン侯の私邸に入っていくのが見えた。

回復魔法でもかけてもらったのだろうか、多少は元気そうになっている。猫の首輪には筒のようなものがある。あれが肝だ。


中には、手紙が入っている。脅迫状だ。



「ベーレン侯は預かった。夫人独りで迎えに来られたし」



これに釣られるのかどうか。書かれていることは確かに事実ではあるが。


ベーレン候とラスカ夫人との関係は良いと聞いている。普段ならば……あるいは「憑依」の範囲が限定的ならば、出てくるはずだ。

しかし、もし罠と気付かれたら……別の方法を考えねばならない。その場合、警戒心が高まった相手に仕掛けることになる。成功の公算は、さらに薄くなるだろう。


俺は雨の中、身動きせずにただ待った。南国でも、雨の冷たさは体力を奪う。あまり長くはいられない。



……中年の婦人が門から出てきた。あれか。



俺は「加速」を使おうとマナを溜めた。修練のおかげで、「5倍速」を使える回数は増えている。大丈夫だ、賭けには勝っ……



ゾクン



悪寒が急に走った。何だ?



チラリと後方を見る。刹那。



ドゴオオッッッ!!!



俺の右に、巨大な質量が振り下ろされた!!?右手は……ある。何とか交わしたのだ。



「チッ」



後方に跳ぶ。振り向くと、ラスカ夫人は馬を寄越すよう指示しているようだった。目の前にいるのは……女??



「……はじめまして。エリック・ベナビデス」



顔は外套で見えない。だが、俺の名を知っていることからして、ただ者ではないのは明白だった。

そして、右手には……女が一人で扱うことなどできなそうな、巨大な斧。



こいつが「シェリル」なのかは分からない。ただ、確実に言えるのは……こいつとやりあっていては、ラスカ夫人を取り逃がすだろうということだ。



俺は覚悟を決めた。



加速アクセラレーション5!!!」



反転し、一気にラスカ夫人に迫る。速度で振り切る!!



重力波グラビディ



ズンッッッ



「ぐおっっ!!?」



身体が急に、鉛を仕込んだ服を着たかのように重くなった。気を抜くと、地べたに這いつくばりそうになる。何をされたっ!?



「行かせるわけにはいかないのです。『魔王』エリック」



何者だ!?今の魔法は……そして、こいつの素性は??



ラスカ夫人がこちらに気付いた。彼女は既に馬上の人だ。このままでは取り逃がす!!



俺は瞬時に考えた。この危地を脱するには、「アレ」を使うしかない。

しかし大丈夫か?周囲への被害は?そして、俺の身体は?



選択肢は、どうもなさそうだった。何より、この魔法の効果下では、「5倍速」ですら十全に動けそうもない。



ならばっ!!!




加速アクセラレーション20、『閃』!!!!」




風景が一瞬のうちに切り替わる。身体はクソ重いままだが、それでも普段の「5倍速」ぐらいの速度では動けているようだった。


馬を蹴り飛ばし、鞍の上にいる夫人を小脇に抱える。懐から「転移の球」を取り出し、地面へと投げ付けた。



もう一度後方を見る。女は、斧の刃を大地に当てた。



「震えなさい、『エオンウェ』」



やはりあれは遺物かっ!!!身体が、さらに重くなる。

馬とそれを牽いてきた従者は、既に何か巨大なものに踏み潰されたかのように肉塊へと姿を変えていた。

俺も……もちろん夫人も、このままでは同じ目に遭うっ!!



地面に、黒い穴ができた。俺は半ば倒れるように、その中へと身を投じる。



女が、外套を上げた。見えたのは……妖艶に歪む、褐色の笑みだ。




技・魔法紹介


「閃」


現在のエリック最大の切り札。

簡単に言えば「20倍速」による体当たりだが、移動速度が音速を大きく超えるため、その破壊力は尋常なものではない。

また、「音速剣」同様衝撃波も発生する。エリックの質量による上乗せもあり、「音速剣」よりさらにその影響は広範に及ぶ。

半面、肉体にかかる負担は尋常ではない。エリックが使うのを躊躇っていたのはこのため。

さらに、その衝撃波の破壊力も大きく、一種の無差別攻撃手段でもある。一般人が巻き込まれれば死は免れない。

これもエリックが「最後の手段」としていた理由だった。


ただ今回は、女の「重力波」の影響で移動速度が大きく減じられていたため、威力は遥かに減じられている。衝撃波も発生していない。

このことを見越した「閃」の使用であったとも言える。

なお、女の重力波はランパードのそれよりも威力は大きい。「加速」を使わないならエリックも肉塊になるのは必至であった。

(ラスカ夫人が無事なのは、エリックが触れているためである。これにより彼女も「加速」の効果を受けている)

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