第15話
ユングヴィ教団の人が来て数分後、ジャックさんが戻ってきた。
「安心しろ、追手ではない。俺に依頼だ」
「ネリドの捜索かい」
「そうだ」
「でもあんたはこの身体だ?捜索依頼なんて意味がないじゃないか」
「俺なら妙案があると思っていたようだな。ああ、お前らがここにいることは気付いてないようだったから安心しろ」
私は胸を撫で下ろした。少しはゆっくり、安心して眠れそうだ。
「で、何て返事したんだ?その妙案ってのがあるのか」
「一応、受けることにした」
「放っておけばいいじゃねえか。魔王やお嬢ちゃんにとっては、ネリドもエストラーダも敵だろうよ」
「テキ」を飲み干し、ランパードさんが言う。ジャックさんは小さく首を横に振った。
「モリブスを完全に味方に付ける必要がある。ジョイスはともかく、ユングヴィは向こう側だ。あと恐らくは、他の貴族もな。
ユングヴィに恩を売っておけば、ここからの活動が大分しやすくなる。今後の布石、というわけだな」
「にしても、さっきどこにいるか分からないとか言ってたじゃねえか。捜索なんて意味がねえだろ」
ジャックさんが私と魔王を交互に見る。
「そこで、お前たちの出番というわけだ」
「え?」
「どういうことだ」
「まずプルミエールには『追憶』を磨いてもらう。『追憶』の難点は音声再生ができないという点だ。どういう経緯でネリドとエストラーダが消されたか分かれば、アヴァロンが主犯だと確定できるはずだ。
そして、その上でアヴァロンを捕縛する。そのためにはエリック、お前の力が必要だ」
「……殺すのではなく、捕縛?」
「『死人に口なし』だろう?それに、アヴァロンを生かしておかないとエリザベートの『憑依』を使ってネリドたちの居場所を探ることもできん」
エリザベートの顔色が真っ青になった。
「ちょ、ちょっと待ってください!?そんなことできるわけが……第一、それってもろに外交問題……」
「イーリスの大司教がモリブスの大司教を害した時点でもう外交問題だろう?それを証明した上でなら、風当たりも少なかろう。
イーリス王家がどういう反応を示すかは知らんが、正義は我にありということだな。
あと、ついでにお前も鍛えるからそのつもりでいろ。条件次第で誰にでも『憑依』できるようになるはずだ」
トクトクと瓶からお酒を注ぎ、ランパードさんがニヤリと笑った。
「これを奇貨に一気に引っ掻き回すつもりだな」
「そういうことだ。まあ、ネリドやエストラーダが生きているとは思わん。ただ、主犯を捕まえれば少なくともモリブスでは堂々と動けるようにはなる。
アリスがどれぐらいの時間を作ってくれるのかは知らないが、その間にアヴァロンを捕まえるだけの力量を付けさせよう。多少の無茶はするが」
「無茶?」
「それは明日のお楽しみだ。じゃあ、飯を済ませてとっとと寝るぞ」
「ん?部屋はどうすんだ。掃除して大分広くはなったが」
ジャックさんの家は存外に広かった。使われていなかった客間が3つあるから、この人数が泊まることは問題ない。
ランパードさんが言っているのは、部屋割りのことだろう。普通に考えたら男女で分かれるのだろうけど……
「俺は御免被る。エルフと一緒というのはな」
嫌そうな顔をして魔王が言う。……また始まった。いい加減心を開けばいいのに。
「おいおい、男女が一緒ってのは……」
「……今更それ言います?」
エリザベートが頬を膨らませた。彼女も反論するのはちょっと意外だ。
「え」
「普通に私とビクター、プルミエールとエリックでよくないですか?デボラさんは余っちゃいますけど」
「あ、私はお邪魔虫なんで1人で寝るさ。そこのエロ猫が夜這いに来たら蹴り飛ばすつもりだけどね」
「に゛ゃ!!?そ、そんなことはしないにゃ?」
シェイド君が叫んだ。……あ、そのつもりだったんだ。ジャックさんがはあ、と息をつく。
「前科があるだろうが。まあ、安全のためにもその組み合わせが妥当だな。くれぐれも盛るなよ」
「……?」
「するわけがないだろう」
魔王は険しい表情だ。彼とはもう何日も一緒の部屋で寝ているけど、男性としては驚くほど紳士だというのは知っている。……会話もろくにないのだけど。
エリザベートを見ると、「何のことですかねぇ」と明後日の方を見ている。ランパードさんは「ハハ……」と苦笑していた。
「……ん?」
魔王が私の袖を引っ張った。
「寝るぞ」
「う、うん」
#
部屋は少し埃っぽいけど、掃除したお陰でそこそこ清潔にはなっていた。私は軽くお風呂で汗を流した後、寝間着に着替える。
昨晩のことがあってから身体を洗ってなかったから、随分さっぱりした。
魔王はというと、本を読み漁っているようだった。
「魔術書?」
「ああ。明日からジャックの指導が始まる。準備だけはしておかんとな。ああ、これがお前の分だ。今晩じゃなくてもいいから、少し読んでおけ」
「あ、ありがとう……これって?」
「『マナの持続的運用法』についてのジャックの論文だ。昔のことを『思い出させる』には、不可欠だからな」
魔王は物凄い勢いでパラパラと本を読んでいる。こうしてみると、やはり彼はただ者じゃないと思う。
しかし、表情には余裕がない。というか、いつもそうだ。今日は特にそうかもしれない。
「もう遅いから、明日にしたら?それに、身体もまだ洗ってないでしょ?」
「明日朝入るからいい」
……何だか、少し不安になってきた。彼は、余りに自分を追い立て過ぎている。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「何だ」
「あなたって、趣味とかってないの?」
「……ないな。旨いものを食うのは嫌いではないが、楽しみというほどでもない」
「本当に?」
「……何が言いたい」
魔王が紙を捲る手を止めた。
「……何かに焦っている気がして。あなたが楽しそうにしているのを、見たことがないもの」
「……それのどこが悪いっ」
「……前に、全てが終わったらどうするつもりなのか訊いたことがあるわよね。そして、あなたは『分からない』って。
私には20年前にサンタヴィラで何があったか『まだ』分からない。でも、あなたがそれを知りたがっているのは知ってる。自分を含めた、全てを犠牲にしてでも」
バンッッ!!!
大きな音に、私はビクッとした。魔王が魔術書を机に叩きつけたのだ。
「お前に何が分かるっっ!!!」
「……だから、分からないの。でも、何があなたをそこまで追い込んでいるのかは知りたい。
……あなたが悪い人じゃないのは、いい加減分かってる。何度も命も救われたわ。
でも、あなたは……何か『大義』のために自分を殺してる気がする。見てて、辛くなるの」
魔王が怒りの余り震えているのが分かった。ランプの灯りに照らされた彼の顔色は、まるで御伽噺の鬼神のように真っ赤だ。
一瞬、彼が飛び掛かろうとしたように思えた。私は刹那、目をつぶって身を屈める。
……しかし、魔王は襲ってこなかった。代わりに聞こえたのは、落胆とも悲嘆とも付かない溜め息だった。
「……何故、俺やジャックがこんなことをしようとしているか、ちゃんと話したことがなかったな」
「え」
魔王は俯くと、そのまま静かに席に座り直した。その表情は、影になって見えない。
「俺たちは『サンタヴィラの惨劇』を疑っている。あれが父上の意思ではなく何者かによって引き起こされた事件ではないかと。
そして、それは……『魔王ケイン』を、ひいては魔族そのものを世界の仮想敵とするためのものだったのではないかと」
「……何のために?」
「どこの国も矛盾や不満を抱えている。その怒りを魔族に向けさせることで、世を平安に保ちたいのではないかというのが……俺たちの仮説だ。
勿論、『4勇者』も虚構だ。お前の育ての親、宰相トンプソンも含めてな」
「違うっ!!」と声に出かかったけど、私はそれを耐えた。今は、彼の話を聴く時だ。
何より、それを否定しきれない自分がいた。「六連星」デイヴィッドは、4勇者の親族なのだ。
魔王が震えている。
「……だが、同胞がその虚構の犠牲になっているのは……耐えられん。俺はズマ魔候国の正統後継者にして真の魔王だ。同胞たちを救う……責務がある」
「ズマ魔候国って、ハンプトン大魔候がいるじゃない」
「ハッ」と心底軽蔑しきった様子で魔王が吐き捨てた。
「あれは自らの富と安寧しか考えていない僭王だ。奴も討たねばならん。民のためにも」
「討たねばならない人が、そんなにいるのね」
「……そうだ。トンプソンもデイヴィッドも、ハンプトンもアヴァロンもだ。だが……俺には力が足りない。昨日、それを思い知った」
この人は、多くのものを背負い過ぎている。見た目は子供だけど、普通の人が背負ったらすぐに潰れてしまいそうな業を背負ってしまっている。
そして、それを自分だけで抱え込もうとしている。魔族のために。
……そんなの、もつわけないじゃない。
私は立ち上がった。そして、取ったのは……自分でも思いもかけない行動だった。
ぎゅっ
気が付いた時、私は彼を抱き寄せていた。何でこんなことをしたのか、自分でもよく分からない。ただ、なぜかこうするしかないように思えた。
「むっ……なっ、何をするっ!?」
その間数秒。我に返った魔王が、力で私を押し返した。
「ご、ごめんなさい!!ど、どうしたんだろう、私……」
沈黙が流れる。それを破ったのは、彼の方だ。
「……すまん。もう一度、抱いてくれないか」
「……えっ」
「嫌ならいい。二度と、我儘は言わん」
私より小さい彼が、さらに小さく見えた。それが悲しく、愛おしく見えて……私はもう一度、彼を胸に抱いた。
気が付くと、私は彼の頭を撫でていた。……本当に私、どうしちゃったんだろう?
どのぐらいそうしていただろうか。今度は優しく、彼が私から身体を離す。
「……ありがとう。臭くはなかったか」
「えっ、その、何も感じなかったけど」
本当のことだ。というより、そんなことに気が回らなかった。
魔王がフッと笑う。
「変わった趣味だな。……今から、風呂に入る。先に、寝てていいぞ」
「え、でもあなたは」
「俺もすぐに寝るから安心しろ」
そう言う彼の顔は心なしか穏やかに見えた。タオルを持って、魔王が部屋を出ようとする。ドアを開けた時、彼は不意に私に振り向いた。
「小娘。俺のことを『エリック』と呼ぶことを許す」
「……?」
「魔王じゃ言いにくかろう。何より、俺が魔王であるのが知れたら不都合もいいところだ。まあ、もう何回か呼んでいたようだが」
「そうだけど……」
魔王が穏やかに微笑んだ。
「とにかく、明日から疲れるぞ。しっかり寝ておけ。……おやすみ、『プルミエール』」
キャラ紹介
アリス・ローエングリン(39)
女性。身長155cm、43kgの小柄な体型。童顔であり、数年前までは20代前半と言われても通るほどだった。
さすがに40近くなり目尻に皺が見えるようにはなってきたが、それでも歳不相応には若い。なお、胸は控えめ。
穏和な人格者として通っており、天才肌の研究者としては例外的に指導者としても定評がある。
40手前でオルランドゥ魔術学院の教授となる事例はほとんどなく、精霊魔法の分野では第一人者。「追憶」の開発にも多少なりとも貢献している。
ただ、ややマッドサイエンティストな側面もあり、精霊の力を借りることで魔獣をより高次の生命体にさせたり、精巧な傀儡に自分の疑似人格を乗り移らせたりもしている。
進歩のためなら多少の倫理観は覆されてもよいと考える危うさのある女性である。
なお、実はギャンブル好きで滅法強い。もっともプルミエールら学生の前ではその顔はほとんど見せていない。
ジャック・オルランドゥは元夫。恋人というよりは研究者としての同志という意味合いが強かったらしい。
結局互いの研究を優先した結果離れて暮らす方がいいという結論に達し離婚。ただ、愛情は残っており関係も良好である。
なお、子供はいない(できなかった)。シェイドはその意味で子供に限りなく近い存在でもある。
エリックに絡む一連の計画は第1話以前から把握しており、プルミエールの情報をエリックに教えたのも彼女である。
エリザベートの行動など、彼女がそれとなく誘導している面も大きい。
背景には元夫への協力以上の動機がどうもあるようだが、詳細は不明。




