第11-5話
目の前で、クドラクの右腕が飛んだ。鮮血が迸り、彼女はその場に膝から崩れ落ちる。
その向こうで、魔王が短剣を振りかぶったのが見えた。止めを刺そうとしているんだ。
「やめて!!!」
私の言葉に、月明かりに照らされた魔王の顔が訝しげに歪む。
「何故だ」
「これ以上傷付ける必要なんてないっ!!もう、『ファリス』さんは……」
彼女が戦えないのは、見て明らかだった。ハァ、ハァと浅い息をつきながら、左手で切り落とされた右腕の傷を押さえている。
そして、彼女が座る地面には……血の池ができていた。
もう、助からない。私にも、それが分かった。
魔王が短剣の血を拭い、鞘に納める。
「苦痛を長引かせるだけだ」
「……そうかもしれない……でも……少しだけ、話させて」
「何を話す」
「……何でこんなことをしたのか、せめてそれだけでも……」
クドラクが……いやファリスさんが顔を上げた。口元には微笑みがある。
「ありが、とう」
「え」
思いもかけない言葉に、私は固まった。
「やっと、終わりに、できた……いつか、止めてくれる人が……ごぷうっ……!!」
口から大量の血が吐き出された。
「もうしゃべらないでっっ!!……死んじゃう……!!」
「いい、の。……助からないことは、分かってる……」
ファリスさんの目の光が消えかかっている。
その時、魔王が彼女の背中に手を当てた。……掌が、黄色く光っている。
「気休めだ。生き延びるのはもう無理だが……数分、寿命は延びる」
彼女の呼吸が、少し穏やかになったように感じた。治癒魔法をかけたんだ。
「エリック……」
「話したいことがあるのだろう?そのぐらいの時間は作らせてやる」
「……ありがとう」
彼の優しさが、胸に染みた。でも、それに浸っている時間はない。
「……これは、あなたの意思なの」
彼女は、自嘲気味に笑った。
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ……。私は、生きている証を残したかったし、お父様の役にも立ちたかった。
そして……貴女は危険だった。貴女の……『追憶』は、お母様が何者かを、暴いてしまう」
「エストラーダ候は、お母様の行いを」
「やはり、全て知ってたのね」
私は無言で頷く。ファリスさんが、憑き物が取れたように穏やかな表情になった。
「……お父様は、命令は、してないわ。でも、お母様がクドラクというのは、気付いていたと思う。私が、クドラクというのは……きっと知らないけど。
……とにかく私は、自分の意思で、クドラクになることを選んだわ。でも、すぐに自分が自分でなくなることに……気付いた」
「……それって」
ファリスさんの視線が、転がったままの右腕に向いた。
「あの、アミュレット……あれは、ベルチェル家にかけられた、呪い。かつての当主の意思が込められた、呪いなの」
私ははっとした。確か、彼女の母親の家って……
「まさか」
「……身に付けた者は、過去の当主の技術を受け継ぐの。そして、暗殺者としての業も。
……その末路は、人間性の喪失。脳の病と共に、自分が失われるの」
「あなた、そこまで知ってて、何でっ……!!」
「それで、いいと思っていた。このまま朽ちるくらいなら、と。でも、そう考えること自体……私は呪いにかかっていたのかも……ゴフウゥ!!」
再び、彼女は血を吐いた。
「ファリスさんっっ!!!」
「ハアッ、ハアッ……いいの」
視線が、魔王に向いた。
「……お願いが、あります……あのアミュレットを……壊して」
魔王は小さく頷いた。
「無論だ」
「……ありがとう」
声が弱々しくなっている。……もう、治癒魔法の効果が……切れるんだ。私の目から、涙が溢れた。
ファリスさんは、私の命を狙った。それでも……彼女もまた、犠牲者なのだ。あのアミュレットの。
「……プルミエール、さん」
彼女が声を絞り出した。だらんと垂れ下がった左手を、思わず握る。
「……ええ」
「……あなたとは……ちがう、かたちで……」
「ファリスさんっっっ!!!」
彼女から一筋、涙が流れる。最期の言葉は、聞き取れなかった。
泣き続ける私と、無言で立ち尽くす魔王と、ファリスさんの亡骸を、月光は静かに照らしていた。
武器・防具紹介
「聖人ディオのアミュレット」
2級遺物。ただ、ベルチェル家の血族以外では能力をフルに発揮できないためこの評価であり、ベルチェル家の人間が着けた場合は特級に迫る能力を持つ。
アミュレットとあるが腕輪のようなもので、宝石をあしらった豪奢な造りになっている。
夜限定で身体能力を爆発的に引き上げる効果を持つ。正確には着用者の脳のリミッターを外している。
このため、使用者の脳に非常に重い負担がかかる。脳腫瘍ができやすいのはこのためであり、精神面でも異常を来しやすい。
ファリスが一般人を殺害していたのもこのためで、倫理観が壊れていたからである。
また、ベルチェル家の歴代当主の技術や記憶を継承させる効果もある。
ベルチェル家自体は300年近く続いているが、これが使われていたのは最初の150年ほどであり、ある程度の地位を築いてからは着用は禁忌とされていた。
素人同然でろくに暗殺者としての教育を受けていないファリスやレナが凄腕の暗殺者然としていたのは、この技術継承の結果である。
魔法の素養が2人にあったのもこれに由来する。
なお、遺物が他人に渡ることをランパードは警戒していたが、ベルチェル家の人間以外には十全に使えない仕様のため結果的には杞憂だった。




