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『観念的思考法』⑹
『観念的思考法』⑹
㈠
流転する物事に、意味を与えようと思っても、それは刹那の問題に置き換えられ、失敗することがある。それはまた、当たり前のことではあるが、当たり前が故に、誰にでも起こり得る、難解な問題性を含蓄している訳である。
㈡
物事は矛盾するし、逆立するし、逆位するし、それでも、明瞭な判断が必要となるのであって、観念は此処で、問題性を放棄することがある。厳密に述べれば、それは、観念ではなくなった観念なのであり、それでも我々は、観念を探求して、思考を巡らすのだ。
㈢
思考を巡らすことは、思考いていることであるが、その現象は、方法論的には、前述した様に、観念の問題になる。つまり、観念的思考法の誕生である。つれづれなるこの思考法によって、人々は物事を咀嚼し、理解し、また、時に間違いを起こしながらも、明滅する光に向かって、進むのである。