3/20
『観念的思考法』⑶
『観念的思考法』⑶
㈠
ぐるりと、周囲を回ってみると、一つの発見がある。それは、発見という発見である。観念はここで、停滞し、また、つれづれなる破壊神を連れてきて、通常なる精神を、思考から離していく。どうであろう、この精神の観察法は、とも思うけれど、やはり観念は観念のままだ。
㈡
つまりは、思考とは思考している時だけ思考であって、思考していない時は、厳密には思考とは呼ばないだろう。それは当たり前のことだが、どうやら人間はいつも思考していると思われている。その様なことをしていたら、倒れてしまう訳で、思考したい時に思考すれば良いのだろう。
㈢
両方を合わせると、結局観念的思考法とは、場合によって訪れるものらしい。遠くの自然が、実際は視覚には平面に写っているように、遠近法もしっかりしないとなると、それこそ、観念は停止してると言えるし、そこに、それは平面から立体に自然に変えるべきだとする、思考法が有効になると言える。




