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8 分断


「お前なんか、オレは大っ嫌いだったんだ……!」


 そう言うなり、真野はさっと片手をあげた。

 途端、周囲を凄まじい風が包んだ。


「うおっ……?」

「きゃ……!」


 ガイアをはじめとする兵士たちやウィザードが、再び足元のバランスを失って浮かび上がり、俺たちから引き離される。見る間に十数メートルも離れてしまった。と思った次の瞬間にはもう、かれらと俺との間に魔力によるシールドが張られている。

 それは俺たちを中心に、ちょうど巨大な円筒形を作り出しているようだった。俺のそばに残ったのは、青パーティーであるギーナとマリアのみである。


「一対一じゃなきゃ、つまんねえだろ? ぬるいのは無しでいこうぜ。そっちのお仲間は、こいつらと遊んでてもらうからさ」


 言って真野がさりげなく片手を振ると、今まで静かに階段下にいた二つの影がのそりのそりと動きだした。

 やや明るい場所に出て来たそれは、あのマインとプリンをさらにいかつく獰猛に、かつ不気味に変態させたような姿をしていた。体長も恐らく倍以上はあるだろう。口中にぞろりと鋭い牙を生やし、体全体を鎧で覆った巨大なキメラの化け物だった。

 二頭はシールドで分かたれたあちらのパーティーメンバーと連合軍部隊に向かって轟音のような雄叫びを上げると、猛然とおどりかかってきた。まずはその口から、炎と雷撃の魔撃がほとばしる。

 ウィザードたちはすぐさまシールドで応戦し、第一撃はなんとか(かわ)した。


「だあから。よそ見してるんじゃないよ!」

 

 真野の声がしたと同時に、目前に紫色に光る槍のような魔撃が十発ばかり突進してくる。が、ギーナのシールドが一瞬早く俺の身体の前に展開されて打ち消してくれた。

「ありがとう、ギーナ」

「いいんだよ。ほら、ちゃんと前向いて、ヒュウガ!」

 煙管を手にしたギーナが厳しい顔のまま、じっと真野を睨みつけながら言った。

「あっはっは。結局そうやって、女に守ってもらうんだからな。なーにが『ハーレムはごめんだ』だよ! バッカじゃね?」

「真野ッ……!」


(いや、待て)


 なんで、俺たちが。

 俺たちがこんなところで、どうしてやり合わねばならないんだ。 

 「魔王を倒せ」とは、確かに言われ続けてきた。だが、俺は今の今まで「真野を倒そう」なんて思ってもいなかったのだ。

 そうだ。これっぽっちもだ。

 そもそも真野を倒してしまったとして、真野はもとの世界に戻れるのか。そういう根本的なところから、何も分かっていないこの状況で。

 <防御魔法>に護られた<青藍>で次の魔撃を正眼から跳ね返して、俺は叫んだ。


「待て、真野! やめろ。俺たちが戦う意味なんてないだろう」

 真野は一瞬腕の動きを止め、呆れたように目を細めた。

「なあに言っちゃってんだよ。バカなの? 日向」

「いや。もしもお前が本当に魔王だったら、ずっと言おうと思ってたんだ。俺たちがこんなところで、こうしてやり合うことに何の意味がある。そもそも俺の目的も、お前の目的も同じなんじゃないのか」

「……はあ?」

「元の世界に戻る。この世界から出る。……違うのか?」

「…………」

「だったら、引いてくれ。今からでも、どこか遠くへ逃げればいいことだろう」


 そうだ。

 少なくとも、俺たちがこんな、人と魔族との争いに巻き込まれる必要なんてひと筋もない。どこのだれとも知れぬ「創世神」の不可解な望みに従って、俺たちが動かされなければならない理由なんて何もないはずなのだ。

 ましてやここで、こんな風に命の()り取りをするなどと。

 ただただ、愚の骨頂としか思えない。


「そうだ。何だったら、俺も一緒に──」

「はああっ……?」


 真野が金色の目をくわっと見開く。次にはもう、殺気まみれのそれが、俺の心臓を貫かんばかりにして睨みつけてきた。


「ハッ……! バカ。ほんっと、大バカ!」

 真野は突然、狂気じみた甲高い笑声をあげた。

「あっははは! ほんっと……最高。お前って……お前って!」


 心底おかしくてたまらないらしい。身をよじり、弓なりにのけぞってげたげたと、まるきり大笑いの(てい)だ。

 しかし、その姿はただおかしくて笑っているだけには見えなかった。げらげらと笑い続けるひびわれたその声も、どこかに哀しみをひそませている。そこには間違いなく、彼にとってのどうしようもない諦めやら、悲哀やらが内包されているようだった。少なくとも、俺にはそうとしか聞こえなかった。


(なんなんだ。いったい、何があった……?)


 これだけでは、何もわからない。

 真野が俺とおなじように、この世界で半年という時間を過ごしてきたなら、そこにはそれなりの様々な出来事があったことだろう。

 それらは真野に何を教えた?

 そして、何を諦めさせた?

 どうしてこいつは、こんな声で狂ったように笑わなくてはならないんだ……?


「だれが、もとの世界に戻りたいなんて言ったよ! オレはごめんだ。あんな奴らのいるところ、オレは絶対に戻らない……! あんなとこに帰るぐらいなら、ここで死んだほうがマシなんだよっ……!」


 真野は血を吐くような吠え声でそう叫ぶと、泣き笑いのような顔で俺を睨みつけた。


「……第一、そんなの、いまさら通用するわけないじゃん。魔王だって、基本は勇者とおんなじさ。魔王としての『仕事』がうまくいかなくなれば、あっという間に四天王の誰かに王座を奪われる。ま、つまりは殺されるわけだ。……ズッタズタの、メッタメタにな」


(なんだって……?)


「だって。オレが、オレ自身がそうしたんだもん。前の魔王をブッ倒して、魔獣どものエサにしてやった。でなきゃここまで、オレだって生きちゃいられなかったんだ」


 絶句してその顔を穴のあくほど見つめた俺を、真野は完全に可哀想なものを見る目で眺めやった。



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