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7 魔王マノン


(あれは……)


 俺は一瞬、「ああ、違った」という思いで安堵しかかった。

 「魔王マノン」は、俺が知っていた元の世界の「真野敦也(まのあつや)」とは、似ても似つかない風貌をしていたからだ。

 蒼い肌に、癖のある長い黒髪。金色に輝く(まなこ)。頭部の両側にはねじれた牡牛のような角がある。王族らしい長い衣に紫のマントをつけて、男はゆるりと玉座に身をあずけていた。余裕たっぷりに、人を見下す態度である。

 その態度のどこにも、俺の知っていた真野のイメージは重ならない。他人に対して心を閉ざし、いつもびくびく、おどおどしていた小柄な少年の面影は、この魔王のどこにも見いだせなかった。

 しかし。

 俺のほんの数瞬の安堵は、次の魔王のひと言で打ち砕かれた。


「それにしても。まあ、随分とたくさん引き連れてきたもんだよなあ? 日向」

 その声は、あの声だった。

 少年とも少女ともとれるような、中性的な声。

 いつか、どこかで聞いたことがあるような。

「お前なら、たった一人でここへ乗り込んでくるもんだと思ってたよ。けど、どうやらオレの買いかぶりすぎだったみたいだな? けっこうチキンだったんだ。つまんねー奴」


(……ああ。やはり──)


 俺は思わず、<青藍>を握る手に力をこめた。

 その声も、呼び方も。それは、あの真野が俺に対する時のものでしかなかった。

 

「真野……なのか」

 唸るような声でそう訊いたら、真野はせせら笑ったようだった。

「そうだよ? お前の知ってる真野敦也。っていうか、今更じゃん? もうとっくに気づいてたんじゃないの? お前」


 玉座に頬杖をつき、さも楽しげにけらけらと嘲笑(あざわら)う。

 その足もとには、数名の女たちがいた。どれも魔族なのだろう、色の濃さこそ違うが、やはり青色の肌をした、非常に美麗で妖艶な女たちだった。

 どの女も、ほとんどアクセサリー程度のものしか身につけていない。つまり半裸に近い姿である。彼女たちは真野の足首やら太腿やらに縋り付くようにして、その身をすり寄せていた。

 俺は知らず、眉間に皺を立てていた。


(こいつ……)


 真野は敏感にこちらの表情を読み取ったようだった。


「あれえ? ご機嫌をそこねちゃった? って、でもお前だって()()()に来てから、ちゃーんと『チート』で『ハーレム』やってたんじゃないのお? 可愛い女の子に囲まれて、いちゃいちゃ、ウハウハだったくせにさ。なんでオレだけ、そんな見下した目で見られなきゃなんないんだっつーの」


 言いながら、わざとらしく脇にいた女の一人の顎に手をかけ、引き寄せる。

 女は何の抵抗もない顔で、むしろ嬉しげに真野に顔をよせた。

 くちゅくちゅと、深い大人のキスシーンが展開される。


「…………」


 周囲の面々も、これには辟易(へきえき)したらしい。ガイアをはじめとする大人の男連中は半眼になり、アルフォンソとユーリがそれぞれ、そばにいたテオとマルコの目を慌てて隠す。女性陣はみな嫌悪の表情を浮かべていた。当然だろう。

 こいつ、本当にあの真野か。

 どちらかと言えば、彼を虐めていたくだらない奴らのほうがしっくりくるような態度と性格に見えるのだが。

 真野はやがて、相手の女から顔を離すと、互いの唾液に濡れた口元でにたりと笑った。


「そもそもさあ。こっちに落ちて来た時に、『魔王と勇者とどっちがいいか』って、シスター・マリアが訊いてきたんじゃん。で、オレは魔王にした。だから、なんかついでに落っこちてきたお前が勇者になっただけだろ」

「…………」

「どっち選んだって、結局はチートとハーレム。だったら魔王のほうが面白そうじゃん。誰を殺そうが犯そうが、好き勝手できるんだし。勇者みたいに『魔王を倒す』なんてめんどくさい目的もないしさあ」


 そういうことなのか?

 よく分からず、背後に立っているマリアを振り返ってみたが、彼女は相変わらず謎の微笑みを浮かべたままに沈黙していた。

 真野はさも面倒くさそうに、眼下の俺たちを見下ろしてひょいと足を組んだ。その拍子に、足にまとわりついていた女の顔を無造作に蹴りつける。女は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて床に転がったが、そんなものは意にも介さない風だった。


「で? どーすんの? オレ、倒すの? だったらちゃんと相手してあげるよ? せっかくこんなとこまで来てくれたんだしさ」

 言って胸にへばりついていた女を突き飛ばし、すっと立ち上がると、大げさなやりかたで両手を広げて見せた。

「むしろ、ずーっと待ってたんだよ。ほんと、『大歓迎』してやろうと思って、いろいろ準備してお前を待ってた。待ちくたびれたぐらいさ」


 にやりと笑ったその顔が、凄絶なまでに下卑て見えた。

 おどおどとはしていても、もとの真野は間違ってもこんな、下品で傲慢な少年ではなかったはずなのに。この環境が、「魔王」としての立場が、彼の人間性をこうまで歪めてしまったのか。


「それが、半年! 笑っちゃうよな。ろくに<テイム>も使わないで、なのに女には惚れまくられてってさ! めちゃくちゃズルイ。そういうとこ、オレはめっちゃキライだった。お前なんか──」


 次第に声が激昂してくる。真野の金色に変貌した目がつりあがり、ぎらぎら光って、まっすぐに俺を睨みおろしていた。


「お前なんか、オレは大っ嫌いだったんだ……!」


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