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6 邂逅


 扉は、驚くほど静かに開いた。

 ほんの十センチも開いたところでガイアが一旦手を止めたのだったが、あとは扉の方で勝手にするすると、音もたてずに動いていった。

 皆は無言であとずさり、身構える。

 部屋の中は真っ暗だ。

 しかしその中には確実に、魔の()を漂わせる何者かの複数の気配がしていた。

 まるで、「さあ入ってこいよ」と言わんばかりだ。


 ガイアはさすがに、この状況で誘われるまま飛び込むつもりはないらしい。扉の手前で大剣を構えたまま、じっと中の気配をうかがっている。彼の鎧も大剣も、仲間からの防御魔法をまとって様々な色に光り輝いている。向こう側の暗さもあって、それがいやにまばゆく見えた。


 ──と。


「なにを遠慮してんだよ。どうぞ? さっさと入ってくれば?」


 暗闇の向こうから、そんな声が響いてきた。少年のように若い、男の声だ。いや、どうかすると少女のように聞こえなくもない。その響き方からして、中は相当に広い空間であるらしかった。

 と、手前のほうからぽつぽつと、明らかに魔力によるものらしい光源が浮かびはじめた。<魔術師(ウィザード)>たちの魔法にも、<光明(ライト)>と呼称する似たようなものが存在する。

 ただ、こちら側のウィザードが作り出す黄色みを帯びた光とは違い、それらは青い炎に見えた。光は見る間に奥へ奥へとつらなって増えていく。それはちょうど、教会の中で祭壇までの一本道を示すような感じだった。


 光源が増えるにつれて、次第に周囲が明るくなりはじめる。とはいえそれでも、相当に薄暗い。音だけで広そうに思えたその部屋は、確かにかなり広いもののようだった。見たところ、とても塔のてっぺんにある部屋だとは思えない。光源が限られているせいで周囲が闇に落ち込んで、壁などが見えるわけではないが、それでも縦横に優に数十メートルはありそうな空間だった。


「めんどくさいなあ。さっさと入ってこいってば」


 ふたたび奥からそんな声がして、ぱちんと指をはじくような音がした。途端、自分の身体がぐっと持ち上がった感覚があった。


(なに……?)


 その感覚は、事実だった。みんなの身体が、きれいに磨き上げられた床からほんの数センチ持ち上がって、するすると前へ進み始めたのだ。背後のほうにいるウィザードたちが、はっきりと戸惑いの色を浮かべている。魔力を備えた彼ら、しかも十数名もいる者たちを一気に容易く扱えるほど、魔王の魔力は強大だということらしい。

 そんなことを思う間に、俺たち全員はもうすっかり部屋の中に通されていた。ガイアもヴィットリオもさすがに顔色は変えていない。周囲の前衛である兵たちも、その指揮官たるデュカリスもそれは同様だった。みなそれぞれに得物を構えたまま、しんとして次に起こることに備えている。


「あっ……」


 だれかが背後で小さく声をあげた。見れば、いつの間にか後ろにあったはずの大扉が閉ざされている。こちらが全員部屋に入ったタイミングを見計らったように、それはいつのまにか音もなく閉じていたようだ。

 というか、そこには()()()()()()()

 それがあったはずの場所には、ただほかの部分と変わらない灰色っぽい壁が、のっぺりと薄闇の中に浮かんでいるばかりだったのだ。


 俺はあらためて前へ向き直った。

 少し闇に慣れてきた目が、次第にその中に潜んでいた生き物の姿を捉えはじめる。


「うっ……」


 ごく小さな青白い光にぼんやり浮かび上がる巨大な影を見て、背後の誰かが息を呑む気配がした。

 ほとんど真っ黒にしか見えないため、それが何であるかは判然としない。しかし、それがあのダークウルフなどと比べても格段に大きいものであるのは分かった。明らかにその影の方から、「ふしゅるるる」と不気味な吐息の音がする。

 巨大な影は、部屋の両側にふたつ見えるようだった。そんな可愛らしいサイズではないけれども、ちょうど神社の狛犬(こまいぬ)のような感じである。やがてその影の下に、それらに主人らしき者の姿が見えてきた。

 それはどちらも、黒いフードをすっぽりとかぶったマント姿の人物だった。恐らくは魔族側の<エンチャンター>なのだろう。


 大きな図体をした獣の間には、少しずつじんわりと白っぽい段差が見えはじめた。幅十メートルほどの階段である。下から段々に目で追っていくにつれ、それがずっと上方の玉座らしき場所まできれいに並び、何十段も続いているのがわかった。


(なるほど。これがマノンの『謁見の間』か──)


 俺は<青藍>の柄をぐっと握って、その玉座のあたりを睨みつけた。

 やがて青白い「灯火」がぽつぽつとまた数を増やし、雛壇への階段が仄暗(ほのぐら)く照らされ始める。

 皆の視線も自然と上へ向かった。


「おお……? あれが」


 誰かが、いかにも思わずといった感じで声をあげた。

 雛壇の最上部、俺たちからははるか上方に据えられた「玉座」に、そいつはゆったりと座っていた。


(あれは……)


 俺は一瞬、「ああ、違った」という思いで安堵しかかった。

 「魔王マノン」は、俺が知っていた元の世界の「真野敦也(まのあつや)」とは、似ても似つかない風貌をしていたからだ。



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