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4 魔王の塔


《ヒュウガー。あっちのほうに、すっごく大きな魔力を感じるのー。あの、いちばん大きい塔の真ん中だよー。そっちへ行けばいいんだよねー?》

《ああ、頼む》


 こんな乱戦の中にあっても、リールーの思念は異様なほどに落ち着いている。彼女とやりとりをすることで、こちらは思った以上に心の平静を保つことができていた。実はこれには、ちょっと考える以上の効能があった。


 合気道を学んできたことによって、俺はそれなりに自分の感情をおさえ、気を鎮める術を身につけてはいる。とはいえまだまだ初心者の域に過ぎない。

 いよいよ本命である魔王に近づいたこの()に及んで、一糸も取り乱すことは許されなかった。もちろん、ほんのひとつの判断ミスが仲間の女性たちを傷つけることにつながるからだ。

 そんな張り詰めた俺の神経を、リールーののんびりした思念はうまい具合にほぐしてくれる。まあこれには彼女の性格的なことも大いに関係するのかも知れない。けれども、ともすれば思考が硬化しやすい俺にとって、ただこの一事をもってもリールーは何よりの相棒だと思えたのだ。


 俺たちは今、ついに魔都と呼ばれる魔王の御座所、その中央部にある尖塔群を目の前にしている。当然のようにその周囲には、今まででもっとも分厚い魔力によるシールドが張られていた。


《手の空いた者から、シールド破壊へ回れ! 魔力を合わせて一点を狙う!》


 脳内に響いたのは、今度はデュカリスの声だった。総司令官であるフリーダは戦局のすべてを統括せねばならないため、こちらでの指揮は彼が()ることになっている。

 目の前の敵を排除し終わった兵たちが、小隊ごとに集まってきて騎獣の翼を並べた。ちなみに帝国軍における小隊の規模は三十名。それぞれ一頭の騎獣につき四、五人が乗ることになるので、騎獣の数は六、七頭といったところだ。一個中隊は、それが七つ集まって構成されている。


()ェッ!》


 それを合図に、シールドのとある一点に向けて大量の魔力が叩きつけられ始めた。デュカリス率いる一個中隊のウィザードたち、さらに赤パーティーのアルフォンソとユーリ。もちろん、ギーナ、サンドラ、フレイヤも参加している。

 さらには騎獣であるドラゴンたちも、めいめいに口から自分の魔力を吹き付けていた。リールーは氷結魔法のドラゴンのため、その吐息は強烈な氷魔法攻撃になっている。

 みなの魔力がまざりあい、一点集中で(きり)のようにめりめりと魔力の「壁」に突き刺さっていくのがわかった。


 やがて分厚い強化ガラスなどよりもはるかに強靭な魔力の「壁」は、叩きつけられている魔力の縁の部分からびしびしと崩壊し始めた。開いた穴を塞がれないよう、その隙間からすかさずその奥の魔族ウィザードへの攻撃が始まる。

 十五分ほどするとようやく、その穴は直径十メートルほどのものになった。


《よし! 飛び込め!》


 デュカリスの号令で、威嚇攻撃を続行しつつ、ドラゴンの一団が怒涛のようにそこへ殺到した。

 無論、俺たちもそれに続く。

 遠目にはよくわからなかったのだが、そそり立った尖塔は全体が真っ黒く、そばに寄ると意外にもかなり巨大な建造物だった。裾へ行くほどゆったりと広がった、細長い円錐形をしている。

 これほどの高度であっても、その断面はうちの高校の敷地ほどはありそうだった。


 壁面は何でできているのか不明だが、磨かれた黒曜石のようにつやつやとなめらかだ。硬質ではありながら、全体がひどく肉感的な曲線で造り上げられている。窓らしい窓はなく、ところどころにこうした騎獣のための飛び出し口が設けられているだけだ。

 俺たちはそれらのひとつを目指して飛び、広いバルコニーらしき部分に降り立った。赤パーティーの面々も無事に降りてくる。さらに、共に侵入することが決まっていた帝国軍の面々も次々に降りてきた。

 中から襲ってくる魔族や魔獣を撃滅しつつ、俺たちはそこで、やや遅れていた「緑パーティー」の一行を待った。フリーダたちとの作戦会議でも、時間との戦いだとは言いながら、それでもあの女性方の強力な火力を置いて行くのは愚策だという結論になったからである。


「うおらアアアァッ!」


 マインから飛び降りたガイアが大剣をブン回す。跳びはねて来た巨大な猿のような魔獣が、べしっと嫌な音をたててぺしゃんこにされた。ヴィットリオも同様に、凄まじい蹴りを叩き込んでは飛び掛かってくる魔獣を退けている。

 彼らの背後から、ユーリとアルフォンソが容赦ない魔法攻撃をぶつけていた。


 窓の外では相変わらず、連合軍と魔族軍の厳しい空中戦が繰り広げられている。空気中には魔撃がぶちあたる轟音と炎熱、それによって焼き焦がされた生き物の肉の臭いが充満していた。湧きあがる火の粉や黒い煙のために、真昼だというのに太陽は遮られて灰色に(すす)け、周囲は薄暗くなっている。

 やがてその中から、乱れ飛ぶ魔撃の光をぬって赤銅色のドラゴンがやっと飛んでくるのが見えた。


「お待たせしました、ヒュウガ様!」

「いや、大丈夫だ。みんな、怪我などはないか?」

「はい、大丈夫です!」


 どうやら、みな無事でいてくれたらしい。彼女たちが到着すると、俺たちはあらためて自分たちに<防御魔法(バフ)>をかけなおし、周囲を固めてくれている騎士らとともに建物の奥を目指した。

 しばらくは非常に天井の高い大広間のような回廊が続いたので、俺たちは騎乗したまま奥へ進んだ。


 尖塔の中は思っていた以上に小ぎれいに見えた。廊下の両脇の壁や柱には、小さな灯火がともされて行儀よく並んでいる。巨大な円柱を彩るのは、手の込んださまざまな彫刻だった。それは過去の偉人らしいものの姿であったり、美しい花々であったりする。

 ヴァルーシャ宮とは比べるべくもないけれども、それでもここは立派な王宮だということがうかがえた。


(いや、しかし。それにしては──)


 上級の魔族たちは、本来知性のある生き物なので理解できる。だが、これだけ魔獣が跋扈(ばっこ)しているのは、逆に不思議な感じがあった。もしかすると、連合軍の突然の攻勢を受けて、魔王がそれらをここへばらまいたのかも知れなかった。


 襲ってくる魔族やら魔獣を撃退しつつ少し進むと、広かった廊下の幅が次第に狭まってきて、やがてドラゴンたちでは通れないほどの狭さになった。斥候役の騎士が数名、先へ行って調べて来たのだったが、その先には上階へつながっているらしい螺旋階段が続いているということだった。


(ここまでか──)


 これ以上、リールーとシャンティを伴うのは無理そうだった。


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