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3 乱戦


「なんですの? ギーナ様」

 マリアはギーナに向き直った。

「なにかおっしゃりたいことでも?」


 ギーナはギーナで、さもどうでもよさげな顔でマリアを見返した。


「そんなの、いまさら言わずもがなのこっちゃないのさ。男が女子供を襲うなんて、別に北側でも普通にやってんじゃないの? トロルだのオーガだのゴブリンだのは、多少の知能があったうえで、すんごい性欲魔人だってのは有名な話じゃないのさ」

「……そうなのか」

 口をはさむと、ギーナは呆れた顔でちょっと肩をすくめ「そうなんだよ」とだけ答えた。

「そんな話、わざわざこのお堅いヒュウガにぶつけて楽しいわけ? 困った顔見て、よっぽど楽しみたいわけかしらねえ。ほんっと、シスターって悪趣味ぃ」

「悪うございましたわね。性格が顔に出ないのは仕様なもので」


(仕様……?)


 奇妙な単語がひっかかったが、それ以上その会話を続けることはできなかった。

 頭の中でフリーダの声がしたのである。


《ヒュウガ。そろそろ魔都が近い。準備を怠らないでくれよ》

《了解です》


 ちなみにフリーダは、そば付きのウィザードたちを介してこれらの通信を行っている。それは場合によって、全軍の脳内に響き渡り、また今回のように個別に意思を疎通させることも可能らしかった。


《幸い、四天王は各地方に散らばったまま、まだ動きを見せていない。もともと魔族同士には仲間割れだの潰し合いだのがあるという話だったが、どうやら本当のようであるな》

《左様ですか》

《うむ。差しづめ今の魔王が潰される、あるいはある程度力を()がれるのを待って、あわよくば自分がその座につこうという腹なのであろうよ。これは好機だ。(のが)す手はないぞ》

《はい》


 そこからフリーダは「通信」を全軍に切り替えて、魔都攻略のための具体的な指示を出しはじめた。


 視界のはるか彼方に、中央部に尖塔をかかえた建物の一群が見え始めたころ、ようやく敵軍らしき飛影が現れた。俺は鞍の前に立ち上がった。

 こちらもドラゴンをはじめとする多くの空飛ぶ騎獣に乗っているが、あちらも同様の姿である。ただしドラゴンは黒や濁った紺色など、暗めの色合いの個体が多いようだ。中にはあの翼竜型をもっと大きくしたようなものも見える。騎獣たちはそれぞれに、マインやプリンのようないかつい武装を施されていた。


 互いの攻撃がとどくぎりぎりの間合いまで来ると、友軍のウィザードたちは一斉に自軍への<防御魔法(バフ)>をかけ始めた。同時にギーナやフレイヤたちが、自分たちと俺自身へのバフを唱えはじめる。

 俺の鎧にも<青藍>にも、もはや見慣れた輝く魔法の盾が幾重にもからみついた。<青藍>の刀身が青緑色に輝きはじめる。

 連合軍全体にも、ちょうどあの「北壁」そっくりのシールド状の幕が張られていく。

 前方がそのオーロラ状のものに包まれたときだった。


──ドドドオォン!


 周囲の空気をびりびりと震わせて、敵の第一撃が到達した。

 あらゆる魔法のからみあった巨大な<魔球>とでも言うべきものが、前方のシールドにぶちあたって炸裂したのだ。


《先鋒、前へ!》


 フリーダの鋭い命令のもと、ドラゴン騎士団の一個師団が予定通りに前進する。そこからは、凄まじい魔撃の撃ち合いが始まった。

 まずここは、互いの火力の多寡でほぼ決まる。

 趨勢(すうせい)は明らかに自軍の優勢と見えた。なにしろ、相手にとっては不意討ちなのだ。十分な体制を整えてからの迎撃ではないのが明らかだった。

 とはいえ相手も決して「牙を抜かれた獣」などではない。こちらも損耗(そんもう)が皆無というわけにはいかなかった。

 何頭かのドラゴンやキメラたちが魔撃によって撃ち落とされ、墜落していくのが視界の端にうつる。落ちた先にも魔族や魔獣が待ち構えている。無事だった者たちがそれらに向かって魔撃を繰り出し、あるいは剣をふるって踊りかかる姿が見えた。


《構うな、ヒュウガ。そなたは先へ!》


 フリーダの冷静きわまる声が脳内に響き渡って、俺はぐっと前を見直した。

 リールーの素晴らしい翼はすでに、眼下に魔都をとらえるまでになっている。老ドラゴンのシャンティは、かなり遅れてそれでも必死に俺たちに追いすがっている。周囲には赤パーティーのマインとプリン、さらに俺たちを守るための一個中隊がぴたりとつけて、まわりからの敵の攻撃を防いでくれていた。

 中隊を率いているのは、白銀のドラゴンを駆るデュカリスだ。


(どこだ。魔王は……マノンは?)


 そう思って見回した瞬間、皆の攻撃をかいくぐって、脇から黒いドラゴンを駆る魔戦士らしき者が滑り込んできた。それが素顔なのか単なる(かぶと)なのかは判然としなかったが、おどろおどろしい髑髏の頭部をした、全体に真っ黒な印象の鎧の男だ。不気味に(くぼ)んだ眼窩の奥で、ちろちろと紅い光が燃えているのがはっきり見えた。


「ウルオアアアアァ──!」


 奇妙な雄叫(おたけ)びとともに、戦士が大剣を振りかぶってドラゴンから飛び上がり、そのまま踊りこんで来ようとする。凄まじい気迫だ。

 と、その胸板を紫の光がつらぬいた。その瞬間、男の胸元が真っ黒に爛れてぼろぼろと炭化していき、半身が黒い粉と化して四散した。残った部分は哀れに落下していくのみだ。

 見れば、ギーナがそちらに向かって腕を突き出している。彼女が放った一撃だった。


「舐めんじゃないよ。魔王のところに行くまでは、ヒュウガにはこのあたしが、指一本ふれさせやしないからね!」


 惚れそうなほどかっこよかった。

 いや、そう言い放ったところまではだ。なぜならギーナは思わず立ち上がったその位置からふと下を見て、「ひゃああ!」と俺にすがりついたからである。


「たっ……たた、高いい……!」


 あんな異形の敵よりも、高所のほうがよほど恐ろしいのだろうか。

 よくわからん。

 俺は苦笑しながらギーナの体を支えてやった。


「ありがとう、ギーナ。助かった」

「いっ……いいから。どこでもいいから、早くおろしてぇ!」


 ギーナは当然、俺の礼など耳にも入っていなさげだった。


 

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