2 魔族の地
戦いの序盤は、呆気ないほどの連戦、連勝だった。
とはいえ、それも無理はない。なにしろ魔族たちにとって、これは完全なる不意討ちだったのだから。
これまで長年のあいだ、「勇者」はだれ一人本気で魔王を倒そうなどとはしなかった。大抵はその途中で奴隷たちとの愛に目がくらみ、あるいはそもそも勇者としての身分を厭うて山奥にこもるなどしてしまう。つまり、早々に「闇落ち」するものが大半だったのだ。
要するに、有史以来数百年ものあいだ、南側の軍勢が北側へなだれ込んでくること自体がなかったということだ。あちらが油断していたのも当然である。
さらに、「北壁」の近辺に生息する魔獣たちは、ガイアが言うところのいわゆる「雑魚」ばかりだった。例のダークウルフやら、翼竜の姿をした魔獣を多く見かけたが、どれも連合軍の手練れの兵らにかかればあっという間に黒焦げになり、霧になって消し飛んだ。
周囲を駆けるドラゴンやキメラの背から、炎や雷撃、氷や毒魔法のいかづちが雨あられと降りそそぐと、はるか眼下に蟻のように群れている魔獣たちが次々に燃え上がり、消し炭のごときものになっていく。足もとでは今まさに、阿鼻叫喚の状況が展開されているのだった。
彼らの死骸に触れれば魔障をもらうことになるので、後始末はきちんとつけておかねばならない。そのため、どうしても時間を食った。なにしろそれら下等魔獣が何千匹、何万匹といたのである。
そもそもそうしたザコ魔獣たちには理性らしい理性はない。あるのは貪欲そのものの食欲と、種類によっては性欲ばかりだ。知恵のない分、彼らは十分に準備のできている帝国軍の敵ではなかった。
「なにより、これは時間との勝負。速攻こそが命である」
連合軍の総指揮官フリーダも、その副官を任じられたバーデン中将も、そこはまったくの同意見だった。
「一刻も早く魔王を見つけ出してその息の根を止める。急がねば、各地に散っている四天王がすぐにも手下を引き連れて集まってきてしまう」
実のところ、軍勢を西と東のふたつに分けたのも、敵を攪乱する目的があったからだった。こうすることで、俺という「勇者」がどちらの陣営にいるのかを、敵はすぐには認識できない。あちらもこちらと同様、まずは肝になるひとりを狙う。こちらは魔王を、あちらは勇者をまず狙うはずなのだ。
それさえ倒せばどうにでもなる、と言えるほど戦局は単純なことでもないが、ともかくも敵に心理的な大打撃を与えるにはこれが最も手っ取り早い。そして軍勢は、とにかく人で成り立っている。人とは感情の生き物なのだ。
大切な魔王あるいは勇者を失えば、当然、兵の士気は下がる。さがったところを一気に叩かれれば、いかな大軍勢といえども弱腰になる。下手をすれば大潰走にもつながりかねない。
「時の運気とはそういうものだ」と、バーデンは静かに説いた。
俺たちは、一路、「魔都」を目指して北西へ飛んだ。
眼下に広がる大地は、南側にくらべてはるかに赤茶け、痩せて見えた。寒冷な地域であるということも大きいのだろう。南部によく見るような広葉樹はまったくなく、あるのは濃い緑をした針葉樹の森ばかりである。
それだって決して多くはなく、大体は地球で「ツンドラ」と言われるような、地面にかじりつくように生えている下草や、むき出しの土ばかりの地面が延々と続くのだった。
俺は、この地の意外な面を見て内心驚いていた。
北壁の近くに生息していたような下級魔獣というのは、なにもこの全土に広がっているのではないようなのだ。むしろ魔都が近づくにつれ、眼下には人の手によるものらしい畑やら、見るからに貧しそうな小さな村落やらがちらほらと見え始めていた。
(人が……いるのか?)
どういうことだ。
ここに、南側と同じような人々の営みがあるのだとなれば。
こうしてここへ侵入してきた俺たちは、立派な侵略者ということになるのでは──。
と、俺の横顔を黙って見ていたマリアが突然口を開いた。
「意外にございましたか? ヒュウガ様」
「え──」
俺とギーナが同時にマリアを見る。
マリアはいつもの温和な微笑みを浮かべたままだった。
「なんだか、そういうお顔に見えましたけれど。……こちらには、あれら低級な魔獣ばかりが棲んでいるとでもお思いでしたか」
「いや……。そうでは、ありませんが」
そうだった。俺自身、すでに聞いて知っている。この地域にはもっと上級の、知恵の回る魔族も多数いるということをだ。
「あら。どうでしょうか」
マリアはころころ笑うと、またじっと俺を見つめた。
「結局、同じなのでございますわよ、ヒュウガ様。こちらにも、南側と似たようなヒエラルキーが存在します。南側にだって、欲望のままに人を襲う野獣はいくらもいるではありませんか。それがたまたま、北壁の近くに多数生息しているだけだと、なぜお思いにはならないのでしょう」
「…………」
「もちろん、こちらの低級魔獣の欲望といったら、南の野獣の比ではありませんわ。そもそも普通の野獣は、そちらの欲望を満たすために人の女性を襲うなどはしませんものね。……けれど、そのほかのことではさしたる違いはありませんことよ」
「そうなのですか」
愕然とした。
ギーナも同じ思いなのだろう。疑い深い目線でじっとマリアを見ている。
マリアはにっこりとうなずいた。
「敢えて意地の悪いことを申せば、こうです。南の地域にあっては、男性がたそのものが、女性を魔獣のように食らうのではありませんか? ああ、場合によっては幼い少年少女をも、ですけれど。ともかくも、別に野の獣たちが襲うまでもないことでございましょう?」
「…………」
マリアの目は、まったく色を変えていない。つまり、優しげな微笑みはそのままだった。
「な……にを、言うのですか──」
俺は今度こそ、絶句した。
が、ギーナはひょいと目を細めただけで、くすっと笑ったのだった。
「あ~あ、やだねえ。シスターったら無意味に毒舌~」
「なんですの? ギーナ様」
マリアはギーナに向き直った。





