1 出陣
そこからは、一気呵成だった。
三国共同戦線の連合軍は、ドラゴンをはじめとする様々なキメラを擁する多くの騎獣部隊で編制されている。騎獣だけでも数万頭。それに騎乗する兵の人数で言えば数十万という大部隊が結成されていた。
もともと魔王や魔族の四天王は、その魔力の強大さによってどの場所にいるかが特定しやすいものらしい。いや、もちろん<隠遁>の魔法などもあるので確実とまでは言えないが、こうして秘密裏に立案、計画されてきた奇襲作戦ということもあり、事前にその位置を探ることは容易かったようだ。
いま、「魔王マノン」はあちらの領土の中央部にある「魔都」にいるらしい。
「北壁」の中央部に位置するハッサムから攻撃を仕掛けたのでは、あちらで左右からの挟撃にあうは必至であるため、攻撃は西と東の端から行われることになっていた。
俺たち青と赤のパーティーはその東側の部隊に編入される形になっている。
今や、俺たちはそれぞれの騎獣に乗って、上空から大いなる「北壁」を見つめている。青や緑、紫のさまざまな光を放ってはるか上空までを覆っている魔力の壁が、目の前にどこまでも広がっていた。
眼下には冠雪した雄大な山脈の峰が、触れれば手を切りそうなほどに切り立っている。そのあちこちには石造りの小さな砦が築かれているのだったが、どれも厚い雪に覆われて、うっすらと黒い壁面を晒しているだけだった。
あそこに五日から七日ほど逗留しては、魔術師たちが交代でこの魔力障壁を作り出しているのだ。それがこの数百年というもの、ずっと続いてきたというのだから驚きだった。想像するだに、少し気の遠くなる思いがした。
《皆のもの。準備はよいか》
脳の中に直接響くのは、美しくも勇壮な全軍の指揮官、フリーダの声だった。
《皇帝陛下の御ために、また我らが人の世界を守らんがため、そなたらが身命を捧げよ。我とともに、そして『青の勇者ヒュウガ』とともに、にっくき魔王マノンを滅せん。今日という日を、魔族殲滅の一日とせよ!》
──ラア、ラア!
──ウラララア……!
空を舞う多くの騎獣たちのほうから、うなりを上げるようにして多くの兵らの声があがった。
そのうちの多くの目が、リールーに乗る俺に向けられているのをひしひしと感じる。俺は彼らに応えるように、手にした<青藍>をかざして、一度だけうなずき返した。
「おお、あれが!」
「勇者どの! 青の勇者、ヒュウガ殿だ!」
「千人力、万人力よ……!」
「勝利を我らに!」
「皇帝陛下に栄光あれ!」
──ラア、ラア、ラア……!
──ウラララア! ウラララア──!
冷たいはずの朝の空気が、戦闘を前にして血気に逸る人々の熱気に包まれる。空全体がどうどうと音をたててうなり、渦巻き、揺れている。
ハイエルフ、ハーフエルフ、ダークエルフ。
ドワーフにバーバリアン、そしてヒューマン。
猫族も、蜥蜴族も。
みな、それぞれに鎧をまとい、おのが得物を突き上げて唱和する。
俺たち青と緑のパーティーは静かなものだったけれども、赤パーティーの面々のうち、ガイアとヴィットリオは満面の笑みで拳を突き上げ、大空に向かって吠えているのが見えた。
《──障壁の解除を!》
そのひと声で、驚くべきことが起こった。
いや、もちろんそれは事前に十分に知らされていたことだったけれども。
フリーダの声がした途端、目の前にでかでかと広がっていた光の壁が、すうっと空気に溶けるようにして消え去ったのだ。
無論それは、一部分のみの話だ。しかも俺たちがここを通り抜ければ、すぐに元通りの「壁」となる。
《進撃!》
フリーダのひと声が、高らかに蒼穹をつらぬいた。
──ウオオオオ……!
つぎの瞬間、誰の声ともつかぬ喊声があがる。それに騎獣たちの吠え声が混ざり合って、冷たい空気を嵐のように轟かせた。こちらの肌までがびりびりと震えるような衝撃だった。
そうして次にはもう、何千、何万の翼ある獣たちが、われ先にと山頂を越えて、北へ突進しはじめた。
ふと隣に目をやると、ギーナはいつもの自分の場所で、静かに俺を見つめていた。その瞳には、ひとすじの恐れもない。いつものように煙管を吹かし、まるでお茶の席にでもいるかのように泰然としたものだった。俺と目が合うと、女は嫣然と微笑んだ。「いつでもどうぞ」と言わんばかりだ。
彼女には申し訳ないことだったが、俺はなんとなく、ここにはいない二人の少女のことを思い出していた。
もしもここに二人がいれば、俺はここまで落ち着いた気持ちでいられただろうか。レティは頑として「一緒に戦う」と言い張っただろうけれども、ライラはきっと、怯えてガクガク震えていたのではないかと思う。
(連れてこなくて、本当によかった)
心底、そう思った。
できることなら、このギーナも連れて来るべきではなかったのだろう。けれども、それは本人も、またガイアも許すところではなかったのだ。
ほんの少しそんなことを口にするだけで、男は「おめえ、アホか。本気で死にてえのかよ」と呆れたように笑ったものだ。確かに、これまでの訓練で俺も身にしみている。後衛の保護魔法なしに、俺が魔王とやりあえるはずもない。
ギーナはギーナで「二度と言うんじゃないよ、ヒュウガ。本っ当に、許さないから」と、まさに殺しそうな目で睨みつけてきたものである。
彼女の後ろに目をやれば、これまたいつもの謎の微笑みを浮かべただけのマリアが鎮座しておられる。
俺は彼女たちにひとつうなずいて見せてから、リールーに語り掛けた。
《行こう、リールー》
《うん! みんなしっかり、つかまっててねー》
途端、リールーの翼がぐん、とひとかき空気を撫でた。
ぎゅうん、と視界が迫ってくる。白い山頂がぐんぐん近づき、瞬く間に眼下を離れ、後方へ飛び去っていく。
遂に、戦がはじまったのだ。
それはまさに、あの悲劇の口火が切られた瞬間だった。





