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8 共同作戦


 そこからの動きは、決して早いとは言えなかった。

 デュカリスは予定通り、リールーに乗って帝都に戻り、今は不在である。彼が()ってから、すでに二か月が過ぎていた。なお、リールーはすぐにとんぼ返りをして、こちらに戻ってきてくれている。

 少し時間はかかったが、それは俺が実戦のための鍛錬を積むのにちょうどいい機会になった。ガイアはその(かん)、みっちりと俺を鍛えてくれたのだ。


「後ろのおねーちゃんズの<強化魔法(バフ)>ありきだが、まずまず見れるようにはなってきた。あとはこっちパーティーとの連携戦だな。じっくり慣れとく必要がある」


 そう言って、ガイアは官舎の訓練場になっている広場の一角を使い、本格的な戦闘訓練をおこなってくれた。具体的にはギーナやフレイヤ、サンドラとアデルに加え、「もと赤パーティー」の面々とも連携した戦闘方法を何パターンも伝授し、十分に練習させてくれたのだ。

 いくつかのパーティーで協力、連携することを「レイド」と言うが、ちょうどそんな感じである。


 ちなみにガイアはと言うと、あっさりもとのパーティーメンバーに受け入れられている。こればかりは彼の人徳とでも言うべきものだっただろう。皆は苦笑し、ある者はちょっとした皮肉を、またある者は素直な祝いの言葉を述べて、彼を元通りに遇したのだ。

 ヴィットリオなどは彼の胸をちょっと叩いて、「やってくれたぜ」と爽やかに笑っただけである。男のパーティーメンバーを持たない俺は、そんな彼らの友情が、ひそかに羨ましく思えたものだった。


「そこだッ! 間髪いれずに<挑発>!」

「はい!」


 ガイアの指示に従って、「敵」に見立てた大岩に向かい、俺は<挑発>を発動させる。

 ウオォン、と獣の咆哮のような唸りが周囲の空気を振動させた。


 <青藍>に魔法の加護を幾重にも乗せ、相手から削られる体力を背後から補充してもらいつつ、タイミングよく<挑発>を発動させて相手の敵意を自分のみに向けさせる。つまり、「ヘイト」を稼ぐ。

 <戦士(ファイター)>は基本、パーティーの「盾」だ。自分自身の攻撃力も決して小さくはないけれども、圧倒的な火力をもつのはなんといっても、後ろに控える<魔術師(ウィザード)>たち。しかし、彼らはどうしても防御力が弱い。敵の攻撃をもろに(こうむ)れば、ほんの一撃で死に至る。

 そうやって後衛チームが壊滅すれば、当然、前衛も生き残れない。後衛をきちんと守りきることは、レイド戦の生命線だということだ。

 このあたりのことも、いわゆるソーシャルゲームなどのバランスによく似ていると思われた。


「おねーちゃんズも、ヒュウガのタイミングをよく見とけ! 相手にもよるが、<バフ>が切れたら、ヒュウガだって即死すんぞ。特に四天王以上を相手にすんなら、あんたらの加護は絶対必須だ。ぜってえ、タイミングをずらすんじゃねえぞ」

「了解いたしました」


 フレイヤが緊張した面持ちで短く返す。

 ギーナもこうした厳しい実戦訓練は初めてのようだったが、これまでひとつの文句もこぼさずに<強化魔法(バフ)>や<攻撃魔法>を連打していた。

 <バフ>は決して、永久不滅のものではない。術者の練度にもよるが、一定の時間が経過すると自然と消滅してしまう。その一瞬の間隙を狙われたら、練達の<戦士>でも即死する恐れがあるのだ。


「よーし。今日のところはこのへんにしとこうぜ」


 夕刻になり、ガイアがやっとそう言うころには、皆は肩で息をついている。後衛の少年たちはいかにもホッとした顔で、緊張していた体から力を抜いた。「敵」を想定して置かれていた巨大な岩は、すでに蒸発、霧散して、視界のどこにもありはしなかった。

 俺は着ていた鎧を<解除>させると、服の上からさりげなく自分の<青の宝玉>に触れて目を閉じた。


 ──『178.06.33.24』。


 時は着実に過ぎている。

 そうこうするうち、気が付けば俺がこの世界に落ちて来てから、すでに半年が過ぎていた。

 何の準備をすることもなく、あの「魔王マノン」を倒しに行くなどは愚中の愚だろう。しかし、日々削られていく自分の時間を思えば焦燥を感じないわけにはいかなかった。





 北壁の麓の街、ハッサムにドラゴン騎士団の一行が飛来したのは、そこから一週間ばかり後だった。

 しかし、いざ来るとなればあっという間のことだった。


 俺たちは総督バーデンからの要請を受け、その執務室に集まった。つまり、青パーティーと赤パーティーの全員である。

 部屋に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、肩から白いマントを流し、白銀の鎧をつけた麗人の姿だった。フリーダだ。


久方(ひさかた)ぶりだな、青の勇者どの。随分と待たせて悪かった」


 きりりとこちらを見たその紅い瞳が、以前のことを思えば不思議なほどに(けん)を消していて驚いた。デュカリスとの一件が解決して、この女も精神的に相当に落ち着いたのかも知れなかった。

 当のデュカリスはと言えば、彼女とほぼ同じ出で立ちをして、その脇に控えめな様子で立っている。彼はどうやら、もといた近衛騎士団の副団長としての立場を回復させてもらえたということらしい。


 しかし、時間が掛かったのは当然だった。フリーダによれば、今回はこのヴァルーシャ帝国と東のティベリエス帝国、西のレマイオス共和国の三国共同作戦になるという話だったからだ。

 連合軍ということになれば、事前にさまざまなことを話し合いで決めておく必要もある。つまり、それぞれの担当地域や拠出する兵力の多寡。事後の兵らへの報償の方法。さらには、もしもあるなら増えた領土や権益の分割。

 それらを決めて各国の同意を得るには、相当な手間がかかることだろう。そう考えればこの二か月というのは、恐るべき早さなのかも知れなかった。


「皇帝陛下から、直々にご下命を頂いた。不肖、この近衛騎士団団長のフリーダが、今回の作戦の総指揮を任されることになった。以後、よろしく頼むぞ」

「は」


 短く言って一礼すると、背後の女性がたと赤パーティーの面々もそれに倣った。


「とは言え私ごとき、ただの若輩ものに過ぎぬ。斯様(かよう)な大軍勢の指揮など初めての経験だ。よってバーデン中将殿にはどうか、その補佐をお願いしたい」

 フリーダは言ってバーデンに向き直り、すっと美麗な一礼をした。バーデンがごく鷹揚な笑みを浮かべて首肯する。

「自分ごときで殿下のお役に立ちますなれば、幸甚の至りにございます」

「私が若気の至りによって過ちに陥りそうな折にはどうか、厳しき諫言(かんげん)をもって正してくださいませ。どうぞご遠慮のなきように。よろしくお願いいたします」


 あの高慢なばかりと見えた女にしては、相当に腰の低いもの言いだった。

 察するに、やはりあれは「赤の勇者ミサキ」に恋人を奪われたゆえの、精神的な余裕のなさの為せるわざだったということか。

 それはそれで、一軍を預かる将としていかがなものかとは思うけれども。

 ともあれ挨拶はそこまでで、すぐに今後の作戦会議が始まった。



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