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5 麓の街ハッサム

※ひきつづき、マイルドですが児童虐待に関する表現があります。


 俺は絶句して、思わず少年の顔を凝視した。

 周囲の女性がたも、ハッとしたように手を下ろす。

 テオは、細身で全体に柔らかな印象のある少年だ。短く刈り込んだ栗色の髪がなんとなくヒヨコを連想させる。派手さこそないけれども、どこか優美で美しい。ヒヨコに似ているからなのか、どことなく人をほっとさせる雰囲気を持っている。


(まさか……こんな少年を)


 この世界には、そういう少年を、性的な()()として(もてあそ)ぶ大人が一定数いるというのか。そういう点でも、どうやらここは、俺のもといた世界とさして変わらないということらしかった。

 俺は知らず、拳をにぎりしめていた。

 テオはぽつりぽつりと言葉を続けている。


「だから、オレ……ミサキ様には感謝しかしてないです。あのとき、店先で<テイム>していただかなかったら……今ごろ、どうなってたかわかんないもの。ひ、ひどい客がいっぱいいた……。もしかしたら、もう死んでたかも。仲間の子でそういう子、たくさんいたし。だから、復讐なんて……しないです」


 テオはもう完全にうつむいて、非常に小さな声でぼそぼそとそう言うと、あとはぴたりと口を閉ざしてしまった。

 周囲のみなは、何も言わなかった。「赤パーティー」の面々は当然、彼のそういう事情は知っていたのだろうと思われる。こちらパーティーの女性がたも、それぞれに気の毒げな目で少年を見ていた。

 やがて、今度はユーリがスナギツネ似の生き物をだきしめたまま立ち尽くしているマルコに目をやった。


「そなたはどうなのだ? マルコ。たしか、そなたもテオと似たような経緯だったと思うのだが」

「あ、う……。は、はい……」


 マルコはテオよりずっと小さな体をもっと縮こまらせて、さらに小さくつぶやくような声で言った。


「ぼ、ぼくも……同じです。ぼくは、人買いに売られる前に、ぎりぎりでミサキ様に<テイム>していただいたので……。そのあと、だれかの持ち物だったマインとプリンを<エンチャント>して、ミサキ様と逃げてきました。だから、テオほど大変な目には遭ってないけど……」

 不安げな目をして、隣のテオを見上げ、またうつむく。

 彼の腕の中の生き物が、心配げにぺろりと少年の顎を舐めていた。確か少年は、この生き物を「ピックル」と名付けて可愛がっている。

「ミサキ様には、ぼくも感謝しかしていません。復讐だなんて、とんでもないです……」


(そうか──)


 彼らはどうやら、似たような境遇にあったらしい。ひとたび勇者に<テイム>されてしまえば、その者は問答無用で勇者の「持ち物」になる。それは俺が、あの「緑の勇者」から小さな少女たちを<テイム>したのと同じ考え方だ。<テイム>することによって、彼らをその「所有者」から解放する。

 つまりミサキは、もといた世界でなら完全に「青少年保護法」か何かに抵触しそうないかがわしい店で働かされるという悲劇から少年たちを救ってくれた。要するに、そういうことであったらしい。


「でしたら……よろしいのですね? 皆さま」


 最後に俺がそう訊ねたときにはもう、皆、なんの反論もないという顔で俺にうなずきかえしてくれた。

 俺は内心、相当に安堵した。

 最悪の場合、つまりこの場でこれら「元・赤パーティー」の面々が「どうあってもミサキに一矢報いる」と言い張ったなら。俺たちは、彼らと一戦せねばならない。ひとたびそうなってしまえば、みなで死力を尽くして彼らを止めるほかはないだろう。一応は、そう覚悟を決めていたからである。

 やがてマリアが、何ごともなかったかのような微笑を浮かべて言った。


「では、お話はこれにて終了ですわね? でしたら、いい加減大門へ入りましょう。検問の兵士様がたが、先ほどからお待ちかねでいらっしゃいますわ」


 見れば確かに、大門前で複数の兵士たちが「あんたらどうするんだよ。入るのかよ、入らないのかよ」と言わんばかりの手持ち無沙汰な様子で、こちらを面倒くさそうに眺めていた。





 大山脈の麓の街、ハッサム。

 そこは帝都ステイオーラに比べても、相当に猥雑(わいざつ)な雰囲気の街だった。

 事前にマリアが説明してくれていた通り、そこにはありとあらゆる生活支援施設が雑然と詰め込まれている。つまり、<防御機構(ガード)>を作り出すために働いている数多くのウィザードやら、時おりそこをすり抜けてくる魔族を撃退するための騎士団、一般兵、傭兵やらの支援のための施設がだ。

 宿屋に食事処。魔法具、防具等々の店。酒場と浴場。そして娼館。

 それぞれの店先で、その店の者らしい誰かれが客の呼び込みをやっている。


 男ばかりのむさくるしい場所かと思いきや、女性のウィザードや兵士たちも結構な数でいる。人々の種族もさまざまだった。

 帝都よりはずっと寒冷な地域のため、ちょっと不思議な感じはしたが、見たところ蜥蜴族(リザードマン)と呼ばれる種族がかなりの数でのし歩いている。

 かれらは上背があり、長くて太い尻尾は戦闘時の強力な武器にもなるということで、非常にいかつい印象のある人々だった。感情の見えない爬虫類の瞳は、きろきろと金色に輝いている。みな、至って無表情に見えた。


 ちなみに、マリアによると<防御機構>のための街はここだけではない。

 ヴァルーシャ帝国の中だけでもあと三か所は存在し、他の二国にも同様にあるという。ただ、海の向こうの国であるティベリエス帝国には多くなく、そのぶん軍事的な強みを生かして多くのウィザードをこちらへ送り込んでいるのだそうだ。


「まずは、こちらの総督、バーデン閣下にお会いいたしましょう。魔王討伐のための協力を仰ぐ必要もございましょうし」


 マリアのそのひと言で、俺たちはここを管轄する防衛騎士団の官舎に向かうことになった。



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