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4 それぞれの事情

※少しですが、児童虐待の表現があります。


「で? どうなさるんッスか、シスターは」


 軽い感じでヴィットリオが水を向けると、自然、みなの視線はマリアに集まることになった。

 いま、みなはマリアを囲むようにして、その動向を固唾をのんで見守っている。

 しかしマリアは、恐らくは微笑の下に押し隠した怒りやら苛立ちやらといったもののレベルをあっという間に下げたようだった。先ほど、ほんの一瞬かいま見えたはずの暗い感情は、もはやどこをどう探してもその表情の中には見つからなかった。


「『どうなさる』もなにも、ありませんわ。ミサキ様がそう望まれるのでしたら、お望みどおりに<闇落ち>と認定して差し上げるまでです」

「よろしいのですか? シスター」

 俺は確認だけのためにそう問うたのだったが、マリアは「なにをいまさら」と言わんばかりの目で、こちらをちらりと見ただけだった。

「少し前から、わたくしも考えてはいたのです。先日の『言い訳』も、いまひとつ腑に落ちるものではございませんでしたしね。ガイア様も色々と邪魔をなさっておいででしたし」


 ああ、そうか。

 やはりあんな子供だましには、この女の目はごまかされなかったということらしい。


「結構ですとも。いま、この時をもちまして、ミサキ様は<闇落ち>と認定させていただきます」


 マリアがそう宣言した瞬間だった。

 ぱきん、と軽い音が周囲を包んだ感覚があった。いや、実際に聞こえたのではなかったけれども。

 それはちょうど、周囲の空気が破砕したような感じだった。(たと)えるなら、薄いガラスがあっさりと割れ砕けたようなイメージだ。

 それと共に、「赤パーティー」を覆っていた目に見えないヴェールのようなものがふっと消え去ったようだった。

 いやそれは、なくなってみて初めて「今までそこにあったのだ」と認識するような、そんな(たぐい)のものだった。それまでだって、彼らの姿は決してはっきりと見えていなかったわけではない。それなのに、急にその輪郭が明瞭に見えて来たような感じがした。


 「元・赤パーティー」の面々は、ややきょとんとしたような顔で、しばし互いの顔を見合わせた。

 デュカリスが呆然としたような目で、ほんの一瞬、天を仰いだ。

 テオは戸惑った顔で、隣にいるアルフォンソの衣の袖をつかんでいる。おそらく無意識なのだろう。アルフォンソはその肩を軽く抱き寄せるようにしていた。


 最年少の黒髪の少年、マルコはひたすらに不安げだ。

 この少年はこの旅の間に、とある可愛らしい生き物を<テイム>して自分のペットにしている。マルコはそのスナギツネのように大きな耳をした生き物を胸のところでぎゅっと抱きしめ、少し震えているようだった。

 大人である面々はそれでも相当、落ち着いて見えた。

 俺はしばらく彼らを黙って見つめていたが、やがて訊いた。


「どうなさいますか、皆さま」

「と言うと?」

 答えたのはユーリ。

「先日、『緑の勇者』が<闇落ち>したとき、そのパーティの面々は彼に相応の制裁を加えました。無論、あの男がそれだけ非道の真似をしていたからにほかなりません。……ミサキがそこまでのことをしたとは思えませんが、皆さんはいかがなさるおつもりかと」


 それを聞いて、場には一瞬の沈黙がおりた。

 俺はみなを一度見回して、また言った。


「申し訳ありませんが。ガイア殿からの要請があり、自分はあなた方をミサキのもとへ行かせるわけには参りません。もしもそういうご希望であられるのなら、お二人が逃げのびられるまで、ここに足止めをさせていただかねばならないのですが」

 

 そう言った途端、俺の背後にいたギーナとフレイヤ、サンドラが、さっと身構えた。魔法の杖や煙管(きせる)を構え、いつでも魔法を撃てる姿勢になったのだ。人数だけで言えば、こちらは「赤パーティー」には敵わない。だが、それでも足止めぐらいはできる。彼女たちとも、すでにそういう相談ができていた。


「いや、バカいうな」

 ヴィットリオが、真っ先に両手を上げて言い放った。

「やめてくんなよ、(ねえ)さんがたもよ」

 苦笑しつつも、男は言葉の裏に有無をいわさぬ迫力を隠している。いくらミサキの奴隷だったとは言え、それでも彼も一流の武人なのだ。

「言いたかねえが、ヒメは確かに、そんなに賢い女じゃねえよ。最初はちょっと、調子こきすぎてたってのも本当だしな。けど、俺に関しちゃあ、そんなひでえ女ってわけでもなかった。あんなのは、可愛いもんさ。<テイム>されたときだって、俺は別に決まった相手もなかったし。そこまでのこたあするつもりねえよ」


 あっさりそう言って、ひらひらと顔の前で手を振り、笑っている。

 その笑顔は、飽くまでも底意のない爽やかなものだった。


「まあ、そうでございますな」

 それを受けたのはマーロウ。

「わたくしも、姫殿下に<テイム>されました折には、すでに家族もおりませんでしたし。ただいまは、故郷に()()があるばかりにございますれば。これといって、姫殿下に復讐するまでの感情はございませぬよ」

「右に同じ」

「ま、私もだな」

 アルフォンソとユーリが簡潔に同意して微笑する。

 黒髪のアルフォンソは、今度は隣のテオに目を移した。


「そなたはどうだ? テオ」

「え、オレ……ですか」

 びっくりして少年が目を上げる。

「い、いや……。別に、オレは。それどころか、オレは逆に姫様には、助けていただいたと……思ってて。だから──」

 テオはうつむいて、次の言葉を言おうかどうしようかと逡巡する様子である。見下ろすアルフォンソの目が、なにかふっと不思議な色になった。

「無理に言わなくていいのだぞ」

「い、いえ……」

 テオはぎゅっと唇を引き結ぶと、まっすぐに俺を見上げた。


「オレっ。……親がいなくなって、悪い奴にだまされて。それで、親が残してくれた家も畑もとられちゃって……しまいに、人買いに売られて。……そ、そういう店で働いてた。それを助けてくださったのが、ミサキ様だったから」

「…………」


 俺は絶句して、思わず少年の顔を凝視した。


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