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6 奴隷と勇者



「待ってください。いま『多くの』とおっしゃいましたが。……それは、ライラだけではないと?」


 ()いたらマリアはにこっと笑った。

 それもさも「当然でしょう?」という笑みだった。


「もちろんです。奴隷がたったの一人では、なかなか仕事が回りませんし。と言いますかそれ以前に、大抵の勇者様が一人では満足なさらないからなのですが」

「満足しない……?」


 嫌な予感がひしひしとする。するが、ここは聞かないわけにはいかない。

 気のせいなのかも知れないが、マリアはその時、なんとなく意味深な笑みを作った……ように、見えた。


「こちらにお見えになるのは、なにもあなた様のような男性ばかりとも限りません。女性として『勇者』になられる方もいらっしゃいます。その場合でもまったく同様のことになるのですが、皆さまにはそれぞれに複数の『奴隷』が配されるのです。それはなぜか──」


 そこまで言って、マリアは少し言葉を切った。

 彼女の笑顔は相変わらず輝くように美しかったが、その底には一種の皮肉がうごめいているようにも見えた。


「……みなさま、何故か一人では満足できなくていらっしゃるからです。多種多様の美形の『奴隷』。性格はまちまちですが、いずれも大いなる好意をもって勇者様に(かしず)くこと。あれやこれやと勇者様の世話を焼き、甘い言葉で好意を伝え、さまざまに楽しませ、果ては命を賭しても勇者様をお守りしようと励むこと……。皆さま、何よりもそれをお望みになるものですから」


(……つまり、ハーレムか)


 文字通りのハーレムだ。

 俺はため息が出そうになるのをどうにか(こら)えた。

 まあ、分からなくはない。そういう人間が多くないなら、世間にあれだけ「ハーレムもの」のゲームだの小説だのが流布(るふ)していたはずがないのだから。

 大した努力もせずに、異性に(場合によっては同性に)ちやほやされ、愛されてみたい。それは人の根源的な望みなのだろうか。日本で一夫一婦制が定められて以降でも、一度に多くの異性から好意を寄せられたいというのは、人間の中に本能的に存在する欲望だということか──。

 まあ、俺自身は承服しかねるが。


「あなた様にも、すでに少なくとも三名の奴隷が決定しております。まずはこちらのライラ。ヒューマンですので魔法の(たぐい)は使えませんし、今のところは剣や弓などの技能も持っておりません。そちらは鍛錬次第ですが。けれどその分、生活面での大きなサポートが期待できます」

「はいっ! お料理、お掃除、お洗濯……ひと通り、得意ですっ!」

 ライラがいきなり会話に割りこんできて、必死に横から上目遣いにアピールされる。興奮のあまりだろう、顔の横でおさげ髪がぴょんぴょん跳ねていた。

「そ、……そうか」

 大変嬉しそうなライラには悪いのだったが、俺は(ひそ)かにげんなりした。なんとなく、親の勝手で意に染まぬ見合いでもさせられている気分だ。

 そんな俺の顔を面白そうに観察しつつ、マリアは続けた。


「残りの二人については、今のところは『お会いになってからのお楽しみ』です。今後、早い段階で必ず行き会うことになるはずです」

「…………」


 こんな感じの少女(あるいは女)があと二人。想像するだけで気が重くなる。


「彼女たちについては間違いなく、あなた様の戦闘を強力にサポートできる人員であるかと思われます」

「戦闘? そうか──」


 その単語で、俺はぴりっと緊張した。

 戦闘。例の「魔王」とやらと戦ってそいつを倒さねばならない以上、避けては通れない局面だろう。そのことは先ほどから、しっかり聞いておかねばならないと思っていた。

 何しろ俺は、中学から始めた合気道を二年ほどかじっただけの人間だ。本物の剣など扱ったこともないのだし、戦い方のいろはから学び直す必要がありそうだった。

 が、目つきから俺の意図を十分に読み取って、マリアは一段と笑みを深めた。


「ご期待をさせたところで、申し訳ありません。戦闘の詳しい説明については、また後日、時間を設けたいと思っております。なにしろこの地域には、今のところ魔族が入ってくる心配はありませんし。魔王とその眷属である魔族たちは、おもに北方を領土としておりますから」

「ふむ……」

「こちらとあちらの境にある防壁には、強力な防衛機構(ガード)が存在します。さすがの魔族もそこを越えてくるのは難しいのです。十分に時間がある、とまでは申せませんが、これから道々いくらでも、お話しする機会はあるでしょうから」

「え、道々……?」


 怪訝な顔で見返すと、マリアはにっこりと微笑んだ。


「あら。当然、わたくしも同道させていただきますのよ?」

「……そうなのですか」

「ええ」 


 幼さの残る顔立ちでありながら、そこに艶麗とでも言いたいような色が浮かんで、俺はふと胸を衝かれた。

 やはりこの女、見た目よりもはるかに年齢を重ねているらしい。最初から敬語を使って応対したのは間違いではなかったようだ。

 マリアは人差し指を自分の頬に触れさせるようにして小首をかしげた。それは十分に可愛らしい仕草だったが、兜の緒を締めた今の俺には皮肉にうつっただけだった。


「時間の話が出ましたので、ついでにお伝えしておきますが。ヒュウガ様、この『魔王征伐』には時間制限がございます。つまり、勇者様がこちらに来られてから魔王を倒すまでの時間が決められているのです」

「…………」


(やはりか──)


 俺にとっては、むしろその方が自然に思えた。思えたが、今の自分の能力そのほかの手持ちを思うと、甚だ心もとない感じがした。


「それで、期限というのは」

「こちらの時間で、ちょうど一年。時の刻みについては分からなくなりやすいでしょうから、確認する際にはそのお胸の宝玉で確かめてくださいませ」

「……え、しかし──」

 先ほど鎧の胸元についていた宝玉は、今は見えなくなっている。

「ご心配は要りません。いまは服の下になっておりますが、宝玉はヒュウガ様のお胸に直接ついているはずでございます」

「えっ……」


 思わず制服のシャツの上からそのあたりをまさぐると、確かに胸の中心部分に硬くて丸い感触があった。


「それに触れて、目を閉じてみてください。脳裏に数字が現れるはず」

「……!」


 言われた通りだった。それに触れたまま目を閉じた途端、とある数字の羅列が明瞭に脳裏に描かれたのだ。


 ──『364.22.13.51』。


 最後の数字だけは、刻々とその数を減らしている。つまり、秒数ということらしい。

 これは前から日数、時間数、分数、秒数という表示であるようだ。


(それにしても。一年……か)


 その時間は、果たして長いのか短いのか。

 いや、今の俺の状態から考えて、それは相当に短いのではないだろうか。


「これでおわかりになったでしょう。時間に限りがある以上、ヒュウガ様にはまだ様々なレクチャーが必要のはず。それには誰より、わたくしが適任です。あなた様の『奴隷』でこそありませんけれど、旅のお供にわたくしの存在は必須。そうお思いにはなりませんか?」

「……おっしゃる通りです。いや、むしろそうして頂けるなら助かります」


 いや本当に、これは俺の本心だった。不気味な感じはぬぐえないが、この世界の知識や戦闘技能を習得する上で、彼女のサポートは絶対に必要だ。それは認めざるを得ない。


「それにわたくし、基本的には<巫女(シャーマン)>なのですよ? さらに一応<治癒者(ヒーラー)>としての技能(スキル)も修めております。決してお邪魔にはなりませんわ」

「あ、そうですよ! マリア様は素晴らしいヒーラーなのです。この村の人たちも、ひどい病気や怪我を何度も治していただいているのです。ああ、良かった! マリア様がいらしてくださったら、あたしもとても安心です……!」


 俺が何か言う前から、ライラのほうでとっくに小躍りを始めている。無邪気なその様子をにっこりと眺めながら、やがてマリアは俺の方に向き直った。


「お話を戻しますが、ヒュウガ様。その『奴隷』のことなのです。さきほど三名と申しましたけれど、実はそれで終わりというものでもないのです」

「え?」

「勇者様お一人に対して奴隷が三名までと、特に決まっているわけではありません。お一人で五名、六名、いえ、場合によっては何十名と求められる方も多く……」

「なんだって──」


 とうとう、俺は絶句した。



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