6 詰問
「ちょっ……。なに言ってんのよ! ガイアも、デュカリスもっ……!」
もちろん、ミサキだった。
「あんたたち、正気? すぐに北壁に行っちゃうって、頭どうかしてるんじゃないの?」
「いや、ヒメ。別にどこも、どうもなってねえよ? 俺たちは」
にやりと笑って彼女を見下ろしたのはガイア。
「申し訳ございません、姫殿下。なれども、今回はこの判断が最適かと。これ以上、一般民の被害を増やすわけにも参りませぬし」
デュカリスの言葉に呼応するように、マーロウも一歩前へ出て口を挟んだ。
「結局のところ、ヒュウガ殿が北壁へ行かれたほうが、北の防衛力も増し、ヒュウガ殿自身も多くの<治癒者>や<魔術師>と共闘できる望みができる分、有利かと思われますぞ。むしろここで無駄な時間を食い、あちらこちらへ寄り道しておりますれば、魔王マノンがまた、どんな罠を仕掛けてくるやも知れませぬ」
いかにも貴族出身者らしく、マーロウは品の良さを前面に出したような手つきで胸に手をやり、地面に片膝をついている。もといた世界でいわゆる「ナイスミドル」などと呼ばれるようなタイプのこの男は、まことに本物の姫君相手に注進する、臣下さながらの風情だった。
「だからっ……。そ、そういうことじゃないのよっ!」
「それでは、どういうことなのですか?」
ミサキの叫びを遮ったのは、マリアの静かな声だった。
「ミサキ様。あなた様は先日から、どうしてそこまであれやこれやと今後のことについて反対されるのでしょう。そもそもあなた様は、『面白半分』でヒュウガさまについて来られただけではありませんか」
「しっ、失礼ね! なによその言い方っ!」
噛みつくミサキを、マリアは例によって謎の微笑みで軽くいなした。
「それがどうして今になって、そのようにおっしゃるのでしょう。北へお行きになりたくないなら、さっさと離脱してくださればよろしいのでは? ヒュウガ様とて、やる気のないかたにいつまでもついて来られるのはご迷惑というものでしょうし。わたくしとしましては、この際ここで、ご本心をじっくりとお聞かせ願いたいのですけれど」
「う。……そ、それは──」
口ごもったミサキが、なぜか一瞬ギーナのほうをちらりと見た。
そう言えばこの女、あの夜ギーナと二人で飲んだのをきっかけに、俺についてきたのだった。そこでどういう話になったのか。今のところ、ギーナがそれを俺に話してくれたことはない。
ギーナ本人はと言えば、とぼけたような顔でやっぱり煙管を吹かしているだけだ。
マリアは微笑みをまったく崩さないまま、一歩ミサキに近づいた。
するとミサキが、気圧されたように一歩さがった。
「そう言えば、あなた様もそうでしたわね。最初にお傍にいた『マリア』に対して、『あたしのことはほっといて』とおっしゃって、早々にパーティーから追い出された。ちょうど、あの緑の勇者様のように」
「…………」
「まあ、『このパーティーにあたし以外の女は要らないのよ』とのことでしたので、理由は明確ではありましたけれど。それはもう、笑えるほどに」
(ああ……なるほど)
何かもう、目の前にその図がありありと浮かんできて、俺はため息が出そうになった。この「ハーレム世界」にいきなり飛ばされてきて、ミサキもミサキなりに興奮し、つい調子に乗ってしまった時期があるということなのだろう。
確か、あちらの世界であれこれあって「男は嫌いだ」ということだったが、その男たちを問答無用で自分のいいようにできるとなったら、話は別だったのだろう。これまで積もりに積もった鬱憤のこともあって、あっさりと箍が外れてしまったということなのか。
「そうしてやっぱり、あちらこちらの町でお好みの殿方を見つけられては、次々に<テイム>していかれた。そのかたに決まったお相手がいるかどうかも確かめずに、ですわ。あの時はずいぶんと楽しそうでらっしゃいましたわね。そのあたりのことは、そちら赤のパーティーの皆さまもようくご存知でしょうけれど」
途端、ミサキを囲むようにして立っている「赤パーティー」の面々が、それぞれに鼻白むのが分かった。ガイアは片眉をぴくりと上げ、デュカリスは真っ青な顔でその場に立ち尽くし、凍りつく。ヴィットリオやマーロウ、ユーリやアルフォンソはひどく不快げだ。
年少組であるテオとマルコは不安げな目をして、それら年長組の面々を見上げる様子だった。
「けれど、そんな茶番もここまでといたしましょう。……ミサキ様。あなた様は、まことに北壁へ行かれる覚悟がおありなのですか? ヒュウガ様と共にあの魔王とやりあって、倒すおつもりがあるのでしょうか。それとも、そもそもそんな気はまるでなく、これはあなた様にとって、単なる『ヒュウガ様ウォッチング』という、レクリエーションの一環に過ぎないのですか?」
「…………」
ミサキはもはや、石像のようになってそこに立っていた。顔はこわばり、その目だけがかよわく不安げに揺れている。
マリアは寸毫も笑っていない瞳のままに、顔ばかりは大いなる微笑みを浮かべて、さらにミサキに近づいた。今度はミサキが一歩も動けずにいる。その足が、まるで地面に貼りつけられたように見えた。
「ミサキ様。まあ、放っておいてもあなた様のお時間は大して残ってなどおりませんでしたけれど。ヒュウガ様について来られるとおっしゃるのなら、ここからはそれらしい態度をとっていただかねばなりませんわ。……つまり、嘘でもヒュウガ様に協力し、魔王を倒すのだというそぶりを貫いて頂かなければ」
淡々と、むしろ優しいぐらいの声音で紡がれるその言葉が、ぎすぎすと背筋を冷たくしていく。
「これ以上、この場でヒュウガ様の足を引っ張るような真似をなさるのであれば、『システム・マリア』はそろそろあなた様への引導を渡す決定をせねばならないかと考えます。……いかがでしょうか」
マリアが何を言わんとしているかなど明らかだった。
これ以上この件について文句を言うなら、「システム・マリア」はミサキを「闇落ち」したものと見做す。
つまりこれは、恐るべき脅しだった。
しかし。
「おい、てめえ」
ミサキが何か言うより先に、ずいと前へ出たのはガイアだった。