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4 涙


「そんな! そんなっ……!」

「いやにゃ、そんな……。レティ、イヤにゃああああッ!」


 夕食が終わるのを待ってから、俺はそのことを二人に伝えた。

 二人の反応は思っていた通り、いや、思っていた以上にせつなく、激しいものだった。

 ライラもレティも真っ青な顔で棒立ちになり、体を固くして震えている。夕食のため、場にはライラのおこした焚火と用意してくれた料理の鍋がある。その周囲にはいま、俺たち青のパーティーと緑のパーティーの女性三人がいるだけだった。

 フリーダ一行とミサキたちは、少し離れた場所に天幕を張り、そちらでそれぞれに夕食の鍋を囲んでいる。

 空はすっかり夜の色になっていた。


「じ……事情は、わかりました。でも……でもっ、だからってあたし──」


 続けようとするのに、ライラの声は嗚咽にまぎれて途切れてしまった。それを漏れさせないように、彼女は必死に両手で口元をおさえている。こらえた分だけ、その両目には涙がうわっと盛り上がってきた。


「レティだってにゃ! レティ、ちゃんとヒュウガっちの役に立つにゃよ? うちのパーティー、そうでなくても前衛が足りないにゃ。そうでしょう? ヒュウガっちだけじゃ危ないにゃ。レティ、そんなに防御力高くにゃいけど、ちゃんと頑張って役に立つから。だから、だからあ……!」

「……済まない。ふたりとも──」

 

 俺にはやはり、最後にはそう言って頭を下げることしかできなかった。


「イヤ、にゃああああッ!」

 レティは次の瞬間、まさに猫そのものの俊敏な動きで俺に飛び掛かってきた。そうして初めて出会ったときのように、正面から両手両足で抱きつかれる。

「レティ、あんにゃの、怖くないにゃいもん! 『魔獣のタネ』なんてどーでもいいにゃ。ヒュウガっちと離れるほうがずっと、ずーっと怖いにゃもん!」

 レティはもう完全に、赤子のように泣いている。

「だからお願い。レティ、置いてくなんて言わにゃいで。ずーっとそばにいるって言ったのにゃ。約束したにゃもんっ……! お願いにゃよう、ヒュウガっち。大好きだから。ヒュウガっちが、大好きだからああ……!」


 うわあああ、と周囲の空気を引き裂くような泣き声があがる。それにつられて、とうとう我慢できなくなったのか、ライラも声を上げて泣き始めた。

 フリーダたち近衛騎士団の面々と、赤のパーティーの面々は、間違いなく聞こえているはずだったが敢えてこちらを見ようともしなかった。


「いい加減にしな。あんたたち」


 ぴしゃりと言ったのはギーナだった。

 彼女は立ち上がって腰に手を当て、顔じゅうを涙で汚しているレティとライラを蔑むような目で見下ろしていた。


「あんたらだって一応は『勇者様の奴隷』だろう。そうやって、ぎゃんぎゃん泣きわめいて『ご主人様』を困らすんじゃないよ。恥ずかしいねえ」

「だって……ギーナっち」

「『だって』じゃないよ。まったく、揃いも揃ってどうしようもないお嬢ちゃんたちだねえ」


 そう言って、ギーナはずいと俺に近づいてくると、「いいから離れな」とレティの首根っこを引っ掴んで俺から引きはがした。


「いい加減、二人とも大人の女になりな。そうやって泣きわめいて、みっともなく(すが)ったら、この頑固もんのあたしらのご主人サマが『うん』って言うと思ってんの? まさか思ってやしないよね?」

「…………」

 それについては二人とも、一言(いちごん)もない様子だった。

「そうだよね。絶対、『うん』なんて言わないさ。その理由だって、分かってんだろう? イヤってほどさ」

「…………」


 ひくっ、とライラがしゃくりあげる。

 真っ赤になった目元から、またぼろぼろと光る雫が落ちていく。

 レティはその場にぺたんと座り込んで、同じ目をしてギーナを見上げていた。


「ヒュウガは、あんたらが大事なんだ。大好きなのさ。そりゃもう、めちゃくちゃにね。……だからこそ、真っ先に狙われると思ってる。心配なのさ。ほかの誰よりもね」

「…………」


 俺は思わず、ギーナを見つめた。

 その横顔はひどく綺麗で、ただただ崇高なものに見えた。

 先ほどあれだけ激昂した姿はどこにもない。今のギーナは年上の女として、また仲間として、目の前の二人の少女を真摯に説得しようとしているのだった。


「敵はよーくわかってんのさ。ヒュウガが、何をされたら一番へこむか。どうされたら、心が折れるか。そのぐらい、わかってるよね? あんたらだって」

「…………」

「身近にいる大事な子らを目の前で傷つけられたり、殺されたりすること。ヒュウガにとっちゃ、それが一番痛いんだよ。自分が『魔獣の種』を植え付けられるより、ずっとずっとつらいはずなんだ」


 レティの耳が、尻尾とともにひゅうん、と垂れた。長い尻尾は、ぱたりと音をたてて地面に落ちてしまう。それでもまだ、「ひぐ、えぐ」と喉が鳴るのをおさえるのは難しいようだった。

 ライラも同じように、両手で自分のスカートを握ってうつむいている。その頬からしたたり落ちる雫は、まったく止まる気配もなかった。


「……そんで、それはあんたらなんだよ。あたしじゃない。あんたらなんだ。おわかりかい? お嬢ちゃんたち」

「いや、ギーナ。それは──」


 それには大いに語弊がある。俺はギーナのことだって、決して(おろそ)かには考えていないのだ。なのに。

 だが、ギーナはぎろっと俺を睨んだ。完全に「黙ってな」という眼光だった。


「分かったらもう、ヒュウガの気持ちを無にするんじゃないよ。黙って帝都に戻るんだ。ありがたいことに、近衛騎士団のみなさんが、いったんあっちに戻るっておっしゃってる。皇帝陛下へのご報告とかなんとかでね。あんたらも一緒につれてってくれるんだってさ」

「…………」


 あとはもう、彼女たちはうなだれたまま無言だった。

 ライラもとうとう、膝から地面にくずおれた。両手で顔を覆ってしまう。

 ぐすぐすと(はな)をすすり上げる音だけがしていた。


 いくつかの月の浮かんだ夜空には、その明るさにも負けず、粉砂糖を撒いたような星の群れが輝いている。

 楽しそうに輝くその星々を、俺はただ、ため息をついて見上げていた。



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