3 選択
「……まっ。大体、なに考えてるかは分かるんだけどよ、ヒュウガ」
真正面から野太い声がして、俺は我に返った。ガイアだった。
「『自分ひとりでどうにかしよう』ってのは頂けねえぜ。少なくとも、今のお前じゃ魔王には勝てねえ。魔王に会うずーっと手前の、ザコ魔獣にだって殺られかねねえレベルに過ぎねえ。そもそも魔王軍てのは、一人で立ち向かうような相手じゃねえんだ」
「……しかし」
「『しかし』じゃねえ。どう考えたって、おめえには協力者が必要だ。それがそっちのオネーチャンズなのも間違いねえしよ」
不思議なことに、ガイアの目の奥にはちらちらと怒りの炎が見えているようだった。俺は奇妙な思いに囚われながら、その瞳を見返した。
「遠隔攻撃の火力と<防御魔法>は、絶対に必要だぜ。でなきゃ死にに行くようなもんだ。魔族百匹相手に<戦士>ひとりで出来ることなんざ、ちょっとしかねえ。言っちゃ悪いが、小指の先ぐれえのもんだ。そりゃ蛮勇ですらねえぞ。ただのアホってもんだ」
「……それは、そうだな。同感だ」
しれっと言葉を挟んだのはフリーダ。
が、彼女はほとんど無表情に近かった。その視線はごく自然に、ガイアの背後にいるデュカリスに向けられている。
「ちょっと。ヒュウガ」
と、ギーナがずいと近寄ってきた。
「あんた、そんなこと考えてたのかい? まさか、あたしらを置いて行こうっての? おふざけじゃないよ!」
見ればピンクトパーズの瞳がすっかり燃え上がっている。
あっという間に沸点に達しているようだった。
ハッとしたように、フレイヤとサンドラもこちらを見る。
「そんな、ヒュウガ様。とんでもないことでございます!」
「そのようなこと、わたしどもは断じて承服いたしません。どんなことを致しましても、最後までついて参りますわよ」
「フレイヤさん……サンドラさん」
唖然としている俺に向かって、成熟した美女三人がずいずいと詰め寄ってきた。
「『魔獣の種』については、ご心配には及びません。あれらは魔力を持つ者には植え付けにくいもののはず。あちらももともと、魔力をもとにした術なのですもの」
「わたくしたちには、自分にバフを掛ける力があります。多少の魔力は消費しますが、そんなものは大した負担ではありません」
「そもそもウィザードであるわたくしたちには魔法耐性があります。つまり、魔力攻撃は通りにくいものなのです。一般の村人や旅人たちのように、易々と『魔獣の種』の餌食になったりなどはしませんわ」
「ですからわたくしたちのことは、決して置いて行かれてはなりません。決してですわ、ヒュウガ様!」
「ほ~ら、みんなそう言ってんだろう? 観念しなよ。ね? ヒュウガ」
最後にギーナがそう言って、なぜか俺の顎にすいとその手を添わせるようにした。意味もないのにその豊満な胸元を、俺の体にぴたりと寄せてくる。そればかりじゃない。すらりと長い片足が上がって、こちらの足に絡まってきた。
ギーナの衣の裾には、もともと長いスリットが入っている。そうやって足を上げると、つややかな褐色の太腿までが露わになった。
「うひゃ、すげえな」と小さく声を上げたのは、あちらのヴィットリオだ。途端、ぎろっとミサキに睨まれて、「うへえ」と肩を竦めている。
ちなみにフリーダの視線はもうとっくに、恐ろしい殺気を帯びている。
「……こら。やめろ」
俺はやんわりと、ギーナの体を押し戻した。が、今度は代わりにその長い両腕が俺の首にからみついてきた。
「いやだね。あんたが『うん』って言うまでやめないよ」
「いや、ギーナ──」
「バカにおしでないよ。そういうとこだよ? あんた、あたしらを舐めてるっていうのはさあ!」
遂にギーナが大声をあげた。
両手で俺の顔をはさむようにして、真正面から怒鳴られる。
ほとんど額がつきそうだった。
「そんな程度の覚悟もなしに、あたしらがこんなとこまで、ほいほいついてくるもんかい! そりゃあ、あたしは最初っからあんたの奴隷だったから。信用されてないってのはわかってるけどさ……」
「いや──」
そんなつもりはない。
ここまで来て、ギーナの気持ちに疑問をさしはさむつもりは俺にだって毛頭なかった。しかし彼女は、どうやらそうは思ってくれていなかったらしい。
「けど、フレイヤやサンドラはそうじゃないだろ。<テイム>もされてない身で、それでもあんたについて行くって、ここまで言ってくれてんじゃあないのさ。そりゃあ女の……っていうか、『ウィザードの心意気』ってもんでしょうが。ちがう?」
「…………」
「汲んでやんなよ、そういうのはさ。あたしのことは、ともかくさ!」
「まっ。そーゆーこったな」
口を挟んだのは、やはりガイアだった。
「っつうことで、そこのオネーチャンズのこたあいい。てめえの身はてめえで守れるって言ってんだしな。問題は、あの二人だ。魔力のねえ娘っ子どもは、ちいっとここから先は厳しい」
「…………」
それが誰を指しているかを悟って、俺はまた沈黙した。
二人の泣き叫ぶ顔がありありと目に浮かぶ。だがそれは、もう仕方のないことだった。
するりと俺の顔から手を離したギーナと目を見合わせる。彼女も少し、寂しそうな目の色だった。普段は憎まれ口ばかり叩いているようだったが、この女はこの女なりに彼女たちには親近感を覚えていたということなのだろうか。
「かわいそうだが、置いていくしかねえだろうよ。死なせたくねえんなら、それがベストだ。な? ヒュウガ」
「……はい」
俺は唇を引き結んだ。
両の拳をにぎり、彼女たちに伝える言葉を思いめぐらす。
「引導はてめえで渡せよ、『勇者サマ』」
「無論です」
そう言ったとき、ちょうど話題の少女たちが、森から戻ってくる姿が見えた。