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10 二人目のマリア


「さあ、どうか。時間が経てばたつほど、蘇生は難しくなってしまいます。今ならばまだ、消費する魔力も少なくて済みますので」


 そのマリアはこのマリアと寸分たがわぬ声と表情で、微笑みさえ浮かべて淡々と言った。それはまるで、母親がだだをこねる子供をあやすような声だった。

 俺がそっと腕の中のマリアを地面に下ろすと、彼女は静かに魔法の詠唱を始めた。手のひらから薄緑の光が現れはじめ、やがてそれがまばゆく周囲を照らすほどになる。人の頭の三倍ほどになった光球に向かってさらに何かを詠唱すると、マリアはもう一人のマリアの胸のあたりにその光を沈めるようにした。

 そのタイミングを計っていたように、そばにいたマーロウが<治癒(ヒール)>の詠唱を始める。周囲にいたパラディンの騎士たちも数名、それに唱和してくれた。


「ああ……!」


 涙でびしょびしょの顔になっていたライラも、あちら家族の娘たちも、希望を取り戻したような目で倒れた人を見つめている。

 見ればどちらも、傷ついた体がみるみる修復されていくようだ。蝋人形のようだったその顔に、はっきりと生気が戻っていく。

 驚くべき回復だった。あれほどに体を破壊され、絶対に助からないと思われた村人の男ですら息を吹き返し、あのひどい傷を治療されていくのだ。

 赤パーティーの<巫女(シャーマン)>である少年テオが、あちらとこちらに向かって時々<援護魔法(バフ)>をかけているのが見える。シャーマンは、魔力や体力の底上げをしたり、その回復速度を速める魔法を使うのだ。

 決して派手な職種ではないのだが、強力な敵を倒すときには絶大な存在感を放つ。それがシャーマンという人々らしい。

 ……まあ無論、これも良介からの受け売りだけれども。


「さあ、そろそろ良いでしょう」


 無事なほうのマリアがそう言ったのを合図に、皆は詠唱をふっと途絶えさせた。村人の男は服こそズタズタだったけれども、すでに健康な肉体を取り戻して横たわっている。ゆっくりと胸が上下しているところを見ると、ちゃんと息をしているようだ。

 奥方も子供たちも、みな号泣してその体にとりすがっていた。奥方が「ありがとうございます、ありがとうございます」と、騎士たちを拝まんばかりにしている。

 こちらの傷ついていたマリアの身体も綺麗に治癒されていた。ギーナが自分のマントを素早く彼女の身体に掛けてやっている。


「もう心配はありません。ですが、ここから目を覚ますには少々時間がかかります。特にあちらの男性は、とにかく体力の消耗が激しいはずです。とりあえずはこのまま、二人とも村まで運んでいただくこととしましょう」


 無事なマリアがそう言って、近衛騎士団の面々はそれぞれに、マリアと村人たちを送り届けるチームに分かれてドラゴンで飛び立つ準備を始めた。

 そこでようやく、俺は無事なマリアに向かって一礼した。


「危ないところを、まことにありがとうございました。……シスター、とお呼びすればよろしいのでしょうか」

「ええ、もちろん。すでにお話ししておりますでしょう? 『わたくしたちは、全員で一人のようなものなのです』と」

「……はい、それは──」

「リールーちゃんから連絡があったんで、急いで近くの村にいたシスターを引っぱって来たのよ。あたしの判断力の勝利でしょ? こっちにもちゃんと礼を言いなさいよね~、ヒュウガ」


 偉そうな口調で割って入ったのはミサキだ。小鼻をひくひくさせて、さも得意げに腰に手などあてている。


「そうだったのか。本当に助かった。ありがとう、ミサキ。感謝する」

「ええっ? ちょっと……」

 きっちりと腰を折って礼をした俺を見て、ミサキは急にむず痒そうな顔になった。

「もうっ! ほんっと、変にバカ正直でクソ真面目なんだから。調子狂っちゃう」


 そっぽを向いてぶつぶつ言う。その背後で、ガイアが意味ありげな顔で俺とミサキを見比べ、にやにやしていた。

 ちなみにその向こうでは、ちょっと気になる「再会の図」が展開されている。

 騎士団長フリーダと、デュカリスだ。

 長い銀髪の美貌の男は、やや青ざめた頬をしてきりりと団長に向かい、武官としての敬礼をしていた。


「……ご無沙汰をいたしております、殿下」

「あ、……うん。……そ、息災だったか」

「は。お陰様で──」


 恋人たちの再会の言葉は、たったそれだけのことで途切れてしまう。

 フリーダの表情は、こちらに背を向ける形になっているためはっきりとは見えなかった。だが、デュカリスとは対照的に、彼女はほんのりと頬を染めて(うつむ)いているようだ。

 その背中は何となく、「言いたいことが山ほどあるのに、面と向かうとうまく言えない」と言っているようにも見えた。

 が、それは一瞬のことだった。次にはもう、フリーダは毅然と顎をあげ、いつもの引き締まった近衛隊団長の顔に戻っていた。彼女はデュカリスにひとつうなずいて見せると、踵を返して大股にこちらへやって来た。側近らしい武官がひとりついてくる。

 デュカリスはほんのわずかに瞳を陰らせてその背中を見送ったようだったが、彼も同様に自分の今の主人(あるじ)であるミサキの方へと歩いてきた。

 どうやら二人の触れ合いは、たったそれだけのことで終わってしまったようだ。


「ん、にゃに? にゃんにゃの??」


 レティがそう言ってきょろきょろしている。ライラもきょとんとした顔だ。俺は目線をマリアに戻した。()()()()()()()()ほかの女性方も同様である。

 あちらはあちらで、ガイアをはじめとするパーティーメンバーがさりげなく立ち位置を変えている。つまり、デュカリスとフリーダが直接目を合わさないで済むよう、二人の視線を遮ったのだ。そこには何となく、彼らなりの不思議な優しさがあるようだった。

 ミサキだけはちょっと目を細め、不満げな顔でじろりとフリーダを一瞥した。彼女たちは互いに特に何も言わない。挨拶らしい挨拶すらしなかった。

 互いに「そこに相手など居ないが(ごと)し」といった様相(かお)である。

 なんとなく、見えない火花が散っていた。


 そもそもミサキも、自らの意思でデュカリスをフリーダから奪ったわけではない。デュカリスは俺の場合のライラやレティ、ギーナと同じで、最初から三人の奴隷の一人だったという話だった。

 ミサキにはミサキで、何か思う所があるのかもしれなかった。

 マリアはそんな一同を見て、なんとなく意味深な笑みを浮かべた。


「では、わたくしたちも一旦、ここを離れることと致しましょう。人里からは、なるべく離れた方が良いと思われますし。それに、今回の件については赤の勇者様、フリーダ様とも、状況を詳しくお聞きになりたいことでしょうから」

「どういう意味だ」

 厳しい声で問うたのはフリーダ。

「人里を離れたほうがいいだと? 何かあるのか」

 マリアは微笑みを崩さない。

「はい。その前に、これは確認なのですが。フリーダ様、それに赤の勇者様。そちらのご担当地域には、このたび、魔族や魔獣が出現しておりましたか?」

「いや、特には何も」

「こっちもよ。平和な森や山や、農村があっただけ。ただの平和な空のドライブって感じだったわね」

「……左様でございましょうね」


 多分に意味を含んだ視線が、今度は俺に流れてくる。

 自然、一同の目も俺に集まることになった。



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