6 変貌 ※
※残酷または不快なシーンがあります。
眼下の麦畑には、青々とした葉が波になって揺れていた。その隣で芋かなにかの畑を耕している村人たち数名を目標に、リールーは静かに降りていく。
村人たちのほうではすでにこちらの姿を認めていて、ぽかんと口を開けて俺たちを見上げていた。先に、シャンティの方がその赤銅色の体を地面にふわりと落ち着けた。次いで俺たちもリールーから降り、彼らの前へ進んだ。
「申し訳ありません。決して怪しい者ではないのですが。少々、お訊ねしたいことがございまして」
鎧を着ているため、ある程度正体はばれてしまっている気もしたが、俺はまずは一礼をして、村人の中の最も年上と思われる男性に自己紹介するところから始めた。続けてこの訪問の意図を伝える。
「ああ……。『青の勇者様』でしたか。あなた様が、あの……」
「あの」という言葉の中に含まれている意味を察して、じわじわと羞恥を覚える。どうやらここでも、すでに「緑パーティー」による宣伝効果は発揮されているらしい。
男性の日に焼けた小麦色の顔には、柔和な皺が幾重にもかさなっている。いかにも優しそうな「田舎のお父さん」といった風情だ。こちらの五人はご家族であるらしく、そばに立つふっくらした体形の女性は奥方のようである。さらに長男らしい青年がひとりと、十代らしい娘がふたり、一緒にいた。
俺からの質問を聞いて、父親は慌てて首を横にふった。
「最近、このあたりに魔獣や魔族が……? いえいえ、こちらでそんな話は聞いたためしがございませんです。なあ?」
「はい。そんな恐ろしいもの……。そうと知っておりましたら、こうやってあたしらがのんびり畑に出てきたりできませんよ」
「盗賊やら山賊は、たまに出ることもあるけどさ……。そん時は村のみんなで、守りを固めてどうにかしてるし」
隣の奥方も、その息子も、怖々と互いの顔を見ながらそう言っている。なるほど、嘘など言っているような様子は微塵もない。ご家族はみな、ごくごく牧歌的で素朴な人柄に見える。
「そうでしたか。よく分かりました。お仕事中にお手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
言って一礼すると、家族たちは一斉に「いえいえいえ」と手や顔をふって慌てだした。
「おやめください、青の勇者様! わたしらみたいなもんに、勇者さまがそんなにされたんじゃ、あたしらが叱られますんで──」
「とんでもないです。どうもありがとうございました」
最後にもう一度そう言って、彼らに背を向けたときだった。
突然、頭の中でリールーの声がはじけた。
《ダメ! ヒュウガ、はなれて──!》
バッと振り向き、同行の女性がたを片手でかばうようにして身構える。
見れば目の前では、唐突な異変が始まっていた。
今の今まで、ただ温厚な表情でそこに立っていた父親が、急に喉と胸元をかきむしるようにして苦しみ始めたのだ。
「……ガ、ガガ……ッ! グワアアア──!」
男は喉をつぶされ、息ができない人のように苦悶している。顔が真っ赤になり、むうっと倍ほどに膨らんで、次にはどす黒く変色が始まった。
隣にいた奥方が肝をつぶしてへたりこんでいる。
「あ、あんた……! ど、どうしたのっ……?」
「父さん、母さんっ……!」
上の娘が慌てて母親にとりすがり、兄や妹と一緒にずるずるとその場から離れさせた。その間にも、父親の苦しみようはどんどんひどくなるばかりだ。苦悶の声が次第しだいに低くひび割れ、人間のものから遠ざかっていく。それと共に、その体がますます大きく膨らんでいくようだった。
眼窩から眼球が飛び出さんばかりになり、膨らんで奇妙にねじくれた唇からは分厚い舌がはみ出ている。
「グエエ……ゲゴオッ! ギエアアア……!」
もはやその声は聞くに堪えない化け物じみたものになっている。男は頭を抱えるようにして地面に膝をついた。そのまま前へかがみこむ。
すると。
ばりっとその背中が割れた。
「ヒッ……ひいいいっ!」
奥方が布を裂くような悲鳴をあげる。
男の背中からはにょっきりと、明らかに奇妙な形のものが突き出ていた。それは真っ黒な翼に見えた。場所によっては赤黒く、また黒紫色で、全体にぬらぬらと黒い液体にまみれている。形はちょうど、翼竜のそれにそっくりに思われた。
それと同時に、周囲に物の腐ったような、何とも言えない臭気がたちこめる。
(こいつは……!)
俺は女性がたを背後に庇ったまま、<青藍>を出現させて抜き放った。レティとギーナもすでに臨戦態勢だ。もちろん、他の女性がたも。それぞれに身構えたり魔法具である煙管を手にしたりて眦を決している。
不気味な生き物の影はさらに大きくなっていき、男の背中がもうほとんど腰のあたりまで割れてしまっていた。まるで昆虫がさなぎから成虫になるときのように、人の身体の中からずるずると別の生き物が出現する。
「い……や、いやあああっ!」
娘である小さな少女のほうが、たまらず大きな悲鳴をあげた。もはや半分は泣き声だ。俺は彼らに向かって叫んだ。
「さがって! どうか、そこからさがってください!」
「で……でも、父さんが……!」
「ともかく、今はいけません。どうかそいつから離れてください。どうか!」
泣きべそ顔になった姉娘が縋るように言って目を泳がせている。が、俺もそう言うしかなかった。そいつの傍にいたのでは、俺たちにも何もできない。こちらの攻撃に巻き込んでしまうからだ。今ここで、これ以上の犠牲者を増やすわけにはいかなかった。
それでやっと、完全に腰を抜かしている母親をひきずるようにして、兄妹たちが泣きべその顔でずるずるとそこから後退してくれた。俺はじりじりと横移動し、彼らとそいつとの間に割って入った。
背後の仲間の女性たちが、一斉に低い声で呪文を唱えだす。それと共に俺の体に不思議な力がみなぎりはじめた。
鎧にも<青藍>の刀身にも、ぼんやりと様々な色の光がまといつきはじめる。それは前にも見た<強化魔法>であると思われた。
それとほぼ時を同じくして、黒くぬらぬらした生き物がぐばあっとその体を現した。