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11 王者の剣


 そこからしばらく、俺はその三人に付き合ってもらうことになった。

 その間、ほかの皆は互いの情報交換やら、昼食のための準備にかかる様子だった。


 まずはガイアに基本的な剣の持ち方や姿勢を確認され、俺はしばらくは彼らに借りた木剣で素振りをした。数十回も振りぬいたあたりで、ガイアが片手を上げてそれを止めた。


「ん。姿勢やスタミナなんかは問題ねえな。んじゃ次、デュカとやってみな。ただし当てるな。寸止めだぞ」


 どうやら彼は、このヴァルーシャ帝に似た美しいハイエルフの青年を「デュカ」と呼んでいるらしい。

 いまデュカリスは、長い銀髪を後ろでひとつに縛っている。立ち会ってみて分かったが、彼は端正なその容姿によく似合う、ごく洗練された剣の使い手だった。身のこなし、剣の扱い、足さばき。いずれもすさまじい流麗さだ。ただ美しいだけでなく、その剣には鋼のような鋭い強さもひそんでいる。

 俺はまず上段から、ごく基本的な剣道の技としての「面」「胴」「小手」のみを狙って打ち込んで行ってみたが、それらはことごとく、しかもあっさりと(かわ)された。


「つぁっ……!」


 デュカリスはこちらの剣を難なく払い、素早く間合いを詰めては容赦のない剣戟を繰り出してくる。その剣には言い知れぬ迫力があった。

 ただ幸い、その気は読み取れぬほどではない。彼がそれだけ、素直な質の男だということなのだろう。俺もすれすれのところでその切っ先を躱して足を引き、正中をブレさせぬよう気を付けながらすぐに体勢を立て直す。そんなことを何度か繰り返した。


(意外だ──)


 こう言うと失礼なのは百も承知だが、正直、俺はこの青年の剣にさほどの期待はしていなかった。

 実は俺は、あの小さな町で小競り合いになった時、どうも彼の()の中にもやもやとはっきりしないわだかまりのようなものを感じたのだ。それはそのまま、彼の剣の腕のほどをも暗示しているように思われた。

 しかし今回、不思議なことに、その剣には曇りがなかった。俺が気になったその「気の澱み」のような何かはきれいに払拭(ふっしょく)されているようだった。

 なぜなのかは、わからない。


 ちなみにレティと同じ<武闘家(モンク)>で、徒手の近接戦闘を得意とするヴィットリオは、少し離れたところにある大きな岩の上に座り込み、俺たちの立ち合いをじっと観察する様子だ。膝に片肘をつき、何かを考えこむような目をしている。この男の目も、ごく澄んだものだった。


「あー。待て。ちょっと待て」


 ガイアがそう言って俺たちを止めたのは、打ち合いを始めてからものの十分も経たないころだった。ごく短時間だったので互いに息も切らしていない。が、たとえもっと打ち合ったとしても、デュカリスが肩を揺らして喘ぐ姿は想像ができなかった。

 と、ガイアはずいと近づいて俺を見下ろしてきた。彼我の身長差がかなりあるため、相手が腰をかがめない限りこういう位置関係になるのは仕方がない。


「ヒュウガ。お前、これまであまり剣は使ってこなかったって言ってたな。それ、ほんとか」

「はい」

「しかし、なんかかんかはやってたろ。それはどう見たって『なんもやってねえ奴』の(たい)さばきじゃねえ」


 刺すようなガイアの視線を見て、正直「さすがだな」と舌を巻いた。


「言ってみな。それ、どんなもんだった? 訓練の内容から何から、ちょっと詳しく教えてみろや。こっちも余計な手間はかけたくねえ。これからおめえにするレクチャーの内容にも関係してくるからよ」

「はい──」


 そこで俺は、彼らを前にひと通り、合気道についての説明をすることになった。丁度良いので、これまで離れていたヴィットリオに手伝ってもらい、実地で「こんな技があります」と四方投げなども見せ、軽く概要を解説もした。

 顎に手をあて、ずっと厳しい顔でそれを聞いていたガイアは、またぐいと俺に近づいた。


「なるほどな。それで分かった」


 男はなぜか、非常に難しい顔になっている。そして一度、デュカリスたちとも目を見かわしてうなずき合った。

 一体なんだと言うのだろう。

 ガイアはやがて、怪訝な顔になったであろう俺に向き直った。


「あのよ、ヒュウガ。こう言っちゃなんだが、一旦それは忘れてみねえか」

「は?」

「聞けば聞くほど、危なくってしょうがねえ。お前の修めて来たその武道が悪いたあ言わねえ。いや、むしろすげえもんだ。立派なもんさ。しかし、それは戦場では命とりになりかねねえぞ」

「……と、おっしゃいますと」

「わからないか? ……美しすぎるよ、そなたの剣は」

 答えたのはデュカリスだった。

「いや、『精神(こころ)は』と言うべきなのかな。この場合」


 この世のものとも思えないようなその美貌で「美しすぎる」などと言われてしまうと、どうも居心地が良くなかった。「美しすぎるのはあんただろう」と、つまらんことを言いたくもなる。


「『アイキドー』というのは、さぞや精神を厳しく鍛える武道なのであろうな。それは君の剣筋を見ているだけでもひしひしと伝わってくるよ。正直、素晴らしいと思った。その精神性を称賛するよ」

「ん。……だな」

 ヴィットリオもうなずいている。俺は「恐れ入ります」と頭を下げた。

「だが、それでは戦場で困ることになるかもしれん。ガイアが言いたいのはそういうことだ」

「…………」

「転んだ相手が立ち上がるのを待とうとする。決して命を取るところまでは相手を追い詰めない。わが命さえ助かれば、相手が生き延びることも厭わない。その意気やよし。私はもちろんそう思う」


 柔らかな低音でさらさらと紡がれるその言葉ですら、音楽のように美しい。だがデュカリスの言葉そのものは、客観的かつ冷静にものごとの真髄を見通す人のものに思われた。


「だが、それは『王者の剣』だ。それでは魔族や魔獣とは渡り合えん。奴らに『王者の剣』など無用だ。あれらに高貴な武道の精神(こころ)など、一抹も分かるはずがないのだからな」

「奴らぁ、たとえ首だけになってもブッ飛んでくるぜ。そんでこっちの体に食らいついてきやがるかんな。気を抜いた途端にそうやって噛み殺された兵をイヤってほど見てきた。あの生き汚さだきゃあ、ちょっと見習った方がいいかもしんねえ」

「だなあ。『キレイに生きよう』としすぎちまって、肝心の自分が死んじまっちゃあ元も子もないわけだし? それじゃ誰も守れねえよ」

「ガイアとヴィットリオの言うとおりだよ。イヤでもなんでも、君も多少は悪くも、(ずる)くもなる必要がある。もしも魔王との戦いで本当に生き残りたいなら、だ。……わかるかな?」

「……はい……」


 人生の先輩たる男たちから口々に諭されて、俺は頷くしかなかった。

 そんな俺を見て、なぜかデュカリスはふっと悲し気な目の色になった。そうして何故か「まあ、私が言えることでもないんだがね」と、ほとんど聞こえないほどの声で付け加えた。





 一連の訓練を終えてみなの所へ戻ると、ライラとレティとアデル、それにあちらの少年マルコが、仲良く昼食の準備をしているところだった。なにしろ一気に人数が増え、食事係の仕事は急に多忙になっている。


「へ~っ。あのカッコいいライオンキメラ、『マイン』と『プリン』っていうんにゃね。可愛い名前にゃ~!」

「そ、そうですか……? ありがとうございます。名付けて下さったのは姫様なんですけど」

「<テイム>したのは君なんだよね? その名前だと、女の子なの?」

「あ、えっと。マインは男の子で、プリンは女の子なんです」

「へえ、そうなんだ!」


 なんだかすっかり打ち解けている。

 こちらの女性陣としても、最も年少者であるマルコには話しやすいということなのだろう。そうか、あの赤いキメラがオスの「マイン」で、金色のほうがメスの「プリン」か。


 一応、ミサキに鍛錬の礼を言っておこうかと目をめぐらすと、少し離れた湖の(ほとり)で何故か一人でにまにましているのが見えた。

 視線の先には木立があって、その幹の陰に二人の人影がある。あちらの黒髪のウィザード、ダークエルフの美青年アルフォンソと、年少組で<巫女(シャーマン)>だというテオだった。「巫女」とは言うが、この世界では男子がその職種になるのも珍しいことではないのだそうだ。


 二人は何を話しているのか、妙に仲睦まじい様子だった。親子ほど年が離れているわけではないが、兄弟と言うには少し離れすぎているだろう。見たところ、十歳ほどの年の差だろうか。

 アルフォンソは妙に優しげな眼をして少年を見下ろしている。対するテオはうきうきと嬉しそうに彼を見上げて、何ごとかを話しかける様子だった。テオの手は、ごく自然な感じでアルフォンソの二の腕に掛かっている。

 なんとなく、妙に距離が近い気がした。

 と、ミサキの口が小さく動いた。

 

──『ほんっと、モエル』。


 確かにそんな呟きが聞こえてきて、俺は妙な気分になった。


(なんだ……?)


 あの「モエル」は、恐らく物が燃えることを指してはいない。弟の良介は女性向けのゲームなどについてもある程度の知識があるのだが、以前なにかのことで訊ねた時に、ぼそっと言われたことがあるのだ。

『この世には、ツグ兄が知らない方がいい世界もあっから。そのままのほうが平和じゃね?』と、苦笑して。

 いまだにどういう意味だか分からない。

 が。


(……うん。そっとしておこう)


 これはどうやら、俺が首を突っ込まない方がいい分野であるようだ。

 俺は早々に結論を下すと、それ以上ミサキに近づくのを諦めた。そしてそのまま踵を返すと、ライラたちの方へ戻っていった。



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