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16 四面楚歌


「頼むよ、ヒュウガ。一生のお願いだ……!」


 ギーナは顔を歪め、掴んだ俺の胸倉にそのまま顔をうずめた。


「もちろん、あたしなんかじゃダメだって分かってる。だったら、レティだってライラだっていいんだよ。それでもダメなら、あっちの世界の……あんたに似合いの、ほかの誰だっていい──」

「……え?」


 彼女の細い肩が震えている。それに気づいて、俺はギーナを見下ろした。いまだに何を言われているのかが分からない。だが分からないなりに、これは重要な局面なのだということだけは俺にも分かった。


「どういう意味なんだ、ギーナ。さっきから、わけが分からない。ほかの誰かでもいいって、それはどういう──」

「ダメです! ヒュウガ様っ!」

 割って入ったのはライラの声だった。

「そうにゃ! ダメにゃっ!」

 今度はレティ。

 二人は隣のドラゴンの背の上から、必死に俺たちを見つめている。

 俺は恐らく、相当怪訝な顔になっていただろう。そんな俺を見て、二人は憤慨したようだった。


「もうっ……もうもう! ヒュウガ様ったら!」

「ヒュウガっちのニブちーん! そりゃ、そこはヒュウガっちのいいとこでもあるんにゃけどー! でも、今はそれ、ダメにゃからあ!」

 もはや、完全に怒り心頭だ。ライラは鞍の前で立ち上がって地団太を踏まんばかり。レティはレティで、自分の赤い頭を掻きむしるようにしている。

「もー! わっかんにゃいの!? ドラゴン父さんと母さんは、『シスターの一人をヒュウガっちに任せたい』って言ってるにゃ。それは、つまり、つまりっ……!」


 そこまで言って、レティが「ふぐぐっ」と言葉に詰まり、いきなり首まで真っ赤になった。もともと赤い猫耳が普段以上に赤く見えるのは、俺の気のせいではなかっただろう。

 隣のライラも、ほとんど顔から火を噴きそうだ。


「もうっ。だからあ!」

 レティがとうとう、ぎゅっと拳を握りしめ、目をつぶって言い放った。

「ドラゴン父さんたちはシスターを、『ヒュウガっちとギーナっちの赤ちゃんにしてあげたい』って言ってるんにゃ──っっ! わかってよもう、ヒュウガっちのバカバカ──!!」


(な──)


 俺は完全に凍り付いた。

 それは、俺の胸元にいるギーナも同じだった。


 ……なんだって?

 俺とギーナの──「赤ちゃん」だと──?


「バッ……ババ……」

 ギーナがぷるぷる震えだす。

「バカ言ってんじゃないよっ! こんなとこで大声で、なに言い出すんだい、バカ猫娘っ!」

 レティが途端に、べーっとばかりに舌を出す。

「ふーんだ! バカちんはギーナっちにゃあ! なんにゃよもう、すーぐに『あたしなんか~、あたしなんか~』って、まどろっこしい~!」

「なっ……?」

「あ~。もしかして、それはレティとライラっちへの当てつけかにゃ? 『こ~んなこと言ったって、ヒュウガっちはあたしが大好きに決まってるのにゃ。ヒュウガっちはあたしのもんにゃ~』って、逆の当てつけなのかにゃー!?」

「バッ……。そ、そんなわけないじゃないかあっ!」


 ギーナもとうとう、真っ赤に茹で上がって言い返した。なにやらまるっきり、子どもの喧嘩のように見える。ギーナの目はすっかり涙ぐんで、完全に狼狽(うろた)えきっていた。彼女にしては非常に珍しい半べそ顔だ。


「あたしなんかが、ヒュウガに吊り合うわけないじゃないか! あんたらだって、ヒュウガを慕ってるんだろう? 『勇者の奴隷』じゃなくなってもこうやって、必死で魔族の国までやってきてさ。ふたりともヒュウガのことが、そんなにも好きなんじゃないか。この()に及んで、『そうじゃない』なんて言わせないよ?」

「うっ……」

「そ、それは──」


 ふたりがぐっと言葉に詰まったところへ、ギーナはどんどん言い募った。


「それをさっきから聞いてりゃあなんだい? なんでもう、あたしに決まったみたいに言っちゃってるんだよ。おかしいじゃないのさっ!」

「バカバカ、バカー! 大人のくせに、ギーナっちはそーゆーとこがめっちゃバカにゃー!」

「はあ? うるっさいよ、猫娘ぇ!」

「もう! いい加減にしてくださいっ!」


 しまいに叫んだのはライラだった。

 いつもは大人しくて可愛らしいばかりの少女が、ここへきて本気で腹を立てている。


「肝心なことを忘れないでくださいな、皆さん! 問題は、ヒュウガ様でしょ? 選ぶのはヒュウガ様じゃないですか。そもそも、ヒュウガ様がきちんと、ご自分のお気持ちをギーナさんにおっしゃってあげないのがいけないんですわ!」

「……あ、そーか。そうにゃね……?」

「…………」

 三人の女性が一斉に、俺じっと見つめてくる。それは恨めしげな視線だった。

「いや、あのな──」


 言いかけた途端、今度は反対側にいるキメラの上から呆れたような声がした。


「だよなあ?」

「ですなあ……」


 ガイアとマーロウだ。見回すと、魔族軍とヴァルーシャ軍の面々も、ここまで完全に呆れた様子でこの盛大な口喧嘩を見物していたようだった。

 その大半の将兵らが、「しょうがねえなこの魔王は」という目で俺を見ている……ように思う。いや、俺の気のせいかもしれないが。

 ゾルカンなどは完全に面白そうにことの成りゆきを見物する風情だし、ルーハン卿はルーハン卿で「魔王陛下も、まだまだ青くていらっしゃる」とばかり、薄く微笑んでいるばかり。


(まったく──)


 俺はもう、完全に閉口していた。

 どうしてこんな公衆の面前で、しかもこんなプライベートな問題で、四面楚歌状態にされなくてはならないんだ。納得がいかん。

 こんなことをしている間、マリアはどうしているかと言えば、先ほどから呆れかえったような目でじっと俺たちを見下ろしている。その周囲には、古のドラゴンがゆったりと強力な<魔力障壁>のヴェールを下ろしていた。要するに「邪魔をするな」ということだ。


「どうなんですの? ヒュウガ様」

 とうとう、ライラが最後通牒を突き付けるようにして言い放った。


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