6 悪魔のゲーム ※
※ 引き続き、残酷・不快表現があります。ご注意ください。
《そうですとも。そのような身勝手なやり方で生を与えられ、闇から闇に葬られた数多の命。……それが、わたくしたち『マリア』なのですわ》
場はしばらく、しんとした静けさに支配された。
皆がそれぞれに呆然としたように、光の環の中にいるマリアを見ている。
《ご存知ですか、ヒュウガ様。わたくしたちがあの場所から、取り去られるときの方法を》
《……いや。さほどは》
《そうでしょうね。殿方というものは、大抵そんなものですもの》
《…………》
これにもさすがに、一言もない。
マリアは蔑むような表情のまま、淡々と言った。
《まだほんの小さな小さな、十分に人の形にもなっていなかったわたくしたちの体。それを外から、ズタズタに裂かれるのです。そうして、ばらばらにされたわたくしたちの体は外へ掻きだされる──。本当に、あっという間のこと。叫ぶことも、泣くこともできず、ただなすすべもなく殺される。でも……あの無力なわたくしたちに、そのとき一体、何ができたというのでしょう》
「や、……やめて! もうやめてっ!」
ライラが両手で顔を覆って、激しく首を横に振る。
「で、でも……待ってにゃ」
レティも、もう半べその顔になりながら弱々しい声で言った。
「なんで、それで……シスターはヒュウガっちみたいな人をいじめるの? 怒ってるのは、シスターたちを殺した奴らにでしょ? ヒュウガっちは関係ないじゃにゃい!」
次第に声が大きくなってくる。
「復讐するなら、そいつらにすればいいんじゃにゃい! ヒュウガっちはなーんにも、悪くにゃいよ! シスターたちをそんな目に遭わせた奴らに、直接復讐すればいいじゃにゃい!」
《もちろん。可能な限りは、そうしておりますわ》
マリアはすかさず言い放った。
《ですがご存知の通り、あちら世界とこちらは相当に隔たっております。もう一度生まれ直すということになると、わたくしたちでさえ記憶がおぼろげになってしまう。つまり、かつての復讐心すら、きれいに忘れてしまうのですよ。……悔しいことに、ね》
《……そうなのか》
《ええ。ですから、こちらではその代わりに、わたくしたちにとって非常に腹立たしい方々を標的にさせて頂いてきたまでなのです》
《腹立たしい……? それは》
そうは訊ねたものの、俺はその時点でもう、ある程度の答えが分かったような気がしていた。
これまでこちら世界に「堕ちて」きた勇者や魔王たち。
それらの人々というのは、つまり──。
《ちゃんと生まれることが出来たくせに。親の手に抱かれて、愛されて、望まれて生まれて来たくせに。色々と不満はあるにしても、これまではそれなりに、幸せに生きてきたのでしょうに》
《にも関わらず、その世界に不満を抱き、ときには自分から命を放り出しさえして、こちらへ逃げてきて。そうして、努力して得たわけでもない能力をふりかざし、人々から崇められ、ちやほやされたがる》
《愚かな人々。本当に、愚かな人々……! かれらには虫唾が走りましたわ──》
マリアの思念は、文字通り吐き捨てるようにして紡がれた。
《わたくしたちは、親に抱かれることすらできなかった。……だれにも、望まれさえしなかった……。そんなわたくしたちが、かれら『勇者』や『魔王』たちに親近感など持てましょうか》
《かれらは、もと居た世界が少々つらかったからといって、こちらにやってきて『チート』だの『ハーレム』だのというものを当然のように望む。これでもかと甘やかされたがる。周囲を囲んだ男女から、好き放題に搾取する。それも、鼻持ちならないやりかたで。そんなもの、粉砕せずにいられましょうかしら。それも、相当に意地の悪いやりかたで!》
マリアの声は次第に激昂し、青く美しい瞳は文字通り燃え上がって見えた。
やがて少し息をつくと、彼女はじっと俺を見下ろした。
《はじめは、『奇妙だな』と思っただけだったのです。近頃こちらに堕ちてこられる方は、この場所に対して変な期待を抱くかたが多くなっておりましたので。それが、いわゆる『チート』や『ハーレム』という言葉を知ったきっかけでしたわ──》
マリアの話は、こうだった。
当初、この世界はあちらとの輪廻の鎖でつながれただけのものだった。
あちらでの生を終えた者がやってきて、こちらで寿命が尽きるまで生き、再び生まれるための魔力を蓄積して、またあちら世界で生まれ変わる。それが延々と繰り返されてきたのだと。
マリアはそうやって自分の生をまっとうしてこちらに来た人々に対しても、やはりいい感情は抱いていなかった。ゆえに「創世神」の信仰を創り上げ、それに仕える自分たち「システム・マリア」をも、人々から尊ばれる立場として演出してきた。
こちらで災害が起こったり、権力者に虐げられたりして酷い目に遭う人々がいれば、彼女はかれらに語って聞かせた。
『それは創世神さまのおぼしめし。あなたに与えられた試練なのです。いまじっと忍耐すれば、いずれ素晴らしい世界に生まれ変われますよ』──と。
それは紛れもない、「大いなる偽りの毒」だった。
しかしここ最近、マリアはこちらにやってくる人々の一部が、奇妙な「期待」を抱いていることに気付いたのだ。
彼らはこちらへ落ちてくるなり、「おお、異世界!」とか「ハーレムか。やったぜ、ラッキー!」とか「チートでガンガン、『俺TUEE』しまくるぜ!」等々、なぜか大喜びをして、やや意味不明な妄想を吐き散らかす連中だった。
最初、「チート」や「ハーレム」や「オレツエー」だとかいった単語の意味はマリアにもよくわからなかった。だが、やがてそれを理解するにつれ、マリアは彼らのその妄想につきあってやることを思いついたのだ。つまり、その妄想をうまく利用し、彼らをもっとも望ましくない未来へ引きずりこむという計画を。
やってきた者にふんだんに「奴隷」を与え、さらにほかの「奴隷」を得るための特別な魔法、<奴隷徴用>まで与える。そうして、いっときだけ甘い汁を吸わせ、存分に思い通りの世界に酔わせる。そうしておいて最終的には、もっともひどい局面へ叩き込むのだ。
それは、より悪魔的で嗜虐的な、マリアのためだけのゲームだった。
それが、マリアの企図のすべてだったのだ。
(なんという──)
俺は返す言葉が見つからなかった。