2 作戦会議
《へー! 俺たちがあっちこっち駈けずり回ってるうちに、そんなことになってたとはね。やるじゃねえの、ヒュウガ》
ここまでの顛末を聞いての、ガイアの第一声はこれだった。
その日の午後。魔王城の執務室。俺とギーナ、ライラとレティ、シャオトゥと真野であるマルコ、さらにギガンテ、キリアカイが一同に会している。
なお、フェイロンとゾルカンは、すでにそれぞれの領地に戻っている。ヒエンはあのまま北東の地に残った。ガッシュを介した<念話>やギーナの水晶のおかげで、遠方にいる者とでも話をすることはできるからだ。実際、彼らもこの会合に思念のみで参加している。
ギーナのあやつる水晶球の中に、日に焼けた野性味あふれるガイアの笑顔が映し出されている。この男の顔を見るのは久しぶりだった。
例によって、表面上は国同士の公的な話し合いの場ということになっているが、<念話>のほうでは密談をおこなうという形だ。
これに関してはこちらのガッシュと、あちらのリールーの協力によるところが非常に大きい。彼らは血筋として遠縁にあたるということもあり、互いの<念話>を融合させてこうした場を作ることも比較的簡単にできるらしいのだ。
もちろん、会話にも参加している。
《んで、そっちが件のキリアカイ女史か? まあ今後とも、よろしく頼まあ》
ガイアがそう言った途端、キリアカイはすうっと両目を細めた。
《下賤の者が、このあたくしに軽々しく口を利かないでちょうだい。口を引き裂かれたいのかしら、坊や?》
《うっわ、『坊や』と来たね。さすが、鼻っ柱は尋常じゃねーなあ。もと女帝の四天王は伊達じゃねえってかあ?》
棘まみれの女の返事など意に介さぬ風で、ガイアは腰に太い腕をあて、ふははは、と哄笑した。ガイアだっていい大人なわけだが、人族の五倍の寿命を持つと言われる魔族の女キリアカイにしてみれば、彼などほんの鼻たれ小僧に等しいのかもしれない。
となれば俺など、それこそ何をかいわんやだ。そう考えると、ちょっと複雑な気分になる。
水晶球の中にはガイアのほかに、玉座についた皇帝ヴァルーシャと、その両脇に近衛隊隊長フリーダ、副長デュカリスが控えているのが映し出されている。その他、宰相をはじめとする数名の文官だ。かれらについてはこの一連の会話の間、なにやら渋い表情だった。
水晶球のほうから澄んだ少年の声がした。
《余計な話はいい、ガイア。話を先へ進めてくれ》
《あ、こいつは失礼を》
ヴァルーシャに向かって軽い感じでちょっと頭を下げただけのガイアを、フリーダが途端に恐ろしい目で睨みつけている。が、まあそれはそちらの問題である。
ちなみにヴァルーシャ帝だけれども、彼の姿はこちらの魔力の程度に応じて、様々に見え方が異なるらしい。魔力の少ない者には以前の通り、デュカリスそっくりの青年に見えるようだし、そうでない者には本来の少年の姿に見える。
魔王になった今の俺には、彼はやっと十歳ぐらいの少年にしか見えなかった。が、その表情も言葉も身のこなしも、少年にしては相当に大人びている。
《で、だな。ここまでで、マリアについて分かったことなんだが》
ガイアの話を要約すれば、こうだった。
これまででわかっているように、南側、人族の三国の中で、「システム・マリア」はあちこちの城や街、村などの教会に常駐してきた。総勢、三百名は下らないらしい。これらすべてのマリアがひとつの意識と記憶を共有し、ときどきにあちら世界から落ちてくる「勇者」に「奴隷」をあてがって面倒を見つつ、魔王城へ導く仕事をおこなってきたわけだ。
場合によっては彼女たちは各国の首脳部に入り込み、様々な政治的アドバイスまで行うこともあったらしい。
各国のマリアに対する態度や考え方はまちまちだ。
例えば東のティベリエス帝国では、彼女はまるで聖女のような扱いを受けている。それだけ創世神信仰が篤いということらしい。
逆に西のレマイオス共和国では、全体的な信仰心はさほどでもない。むしろ、より現実的、合理的な考え方が先行している。彼女が国にとって有益な存在である限りは協力することを良しとしているが、そうでないならそれなりに、と言うのが最も妥当な表現であるようだ。
ヴァルーシャ帝はここまでの一連の騒動により、ここ最近であの女に対する疑いを深めているが、今のところ他の二国はそこまでではない。ヴァルーシャ帝国と同様、「創造神」を信仰する宗教をもつ国である両国では、マリアはむしろ崇拝され、基本的には尊重される立場だと言ってもいいようだ。
《それは……面倒なことですね》
《その通り。この件に関して、レマイオスとティベリエスの協力は得られないと考えるのが妥当でしょう》
俺の言葉に静かに答えたのはヴァルーシャだ。
《レマイオスについては、やりようによっては、こちら陣営に引き入れることは可能かと。しかし、相当に時間と金がかかりましょうね》
《……そうでしょうね》
ここで俺は、少し前にガッシュを通じて二国からの打診があったことを思いだしていた。
実は西のレマイオス共和国も東の島国ティベリエス帝国も、今回のヴァルーシャ帝の決定についてあれこれ思う所があるらしい。
本当に魔王ヒュウガがヴァルーシャと手を組んであの「創世神」に盾突こうとしているのかどうかも、かなり疑っていたようなのだ。ということで、レマイオスの大統領とティベリエス帝が、それぞれ俺に「その話は本当か」とこっそりと通信してきたという訳だ。
もちろん俺は、あっさり「その通り」と返事をした。彼らは一様に驚いたようだったが、まだそれぞれの態度をはっきりさせるところまでは行っていない。しかし、事後の利権関係のことを考えれば、それぞれ「協力したい」と言い出すのは時間の問題ではないかとも思われた。
まあ、ともかくも。どちらにしても、これを機にこれらの国と俺との間に、いわゆる「ホットライン」がつながったのはいいことだった。
ヴァルーシャは話を続けている。
《まあ、『この件に関して余計な邪魔だてだけはしない』ということで、すでに両国ともに内々に約定を交わしてはおります。これに反すれば、互いの長年の信頼関係が揺らぐことにもなる。ということで、一応はご信頼いただきたい》
《無論です。お忙しい中、様々に手を打ってくださり、ありがとうございます。ヴァルーシャ陛下》
俺が一礼してそう言うと、ヴァルーシャは黙ってうなずいた。大きく表情は変えないが、まずまず満足げだ。
《で、今後はどのようになさるおつもりか? ヒュウガ陛下》
この少年から「ヒュウガ陛下」などと呼ばれるのはいかにも気恥ずかしい感じがしたが、俺は敢えてそこは流して先を続けた。
《は。今はまだ、どのようにすればあのマリアに痛撃を加えることが出来るのかがはっきりしておりません。なにしろ、あれは人とは呼べない存在のようですし》
《というと?》
《第一に、彼女たちは個々に離れた存在でありながらも、ひとつの意識を共有している。よしんばどれか一人を倒したとしても、その情報がすぐに他の三百名ちかくに行きわたり、即座に対処法を構築されてしまうでしょう》
《ふむ……》
《第二に、彼女たちは不死身とは言えないまでも、相当に回復力があるようです。そもそも優秀な<治癒者>でもあり、少し傷つけたぐらいではすぐに復活してくることは必至です。これは経験上、ほかの皆も知っていることです》
水晶球の中のフリーダとデュカリスの表情を見て、ヴァルーシャもうなずいた。
《なるほど──》
《おいおい。だったら、どーするってえのよ》
割って入ったのはガイアだった。





