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7 帝都ステイオーラ



 丘や森を抜け、いくつもの川を渡り、俺たちはまた次の街に近づいた。

 遠望すると、そこは前の町よりもかなり大きな規模の街だった。ゆるやかに盛り上がった高台を中心に、ぐるぐると渦を巻くようにして内廓(ないかく)が引き回された造りだ。その表皮のような形で、外側をぐるりと外廓(がいかく)が囲んでいる。いわゆる城塞都市というものだろう。

 都市の周囲を幅のある大河がうねり、そこを広大な農地が囲んで、あちこちで牛や羊に似た生き物が悠然と草を食んでいる。雪を頂いた山脈の向こうには、日本の夏を彷彿(ほうふつ)とさせる見事な入道雲がむくむくと湧きあがっていた。

 それらのものを背景に、城塞都市は静かにそこにある。非常に長閑(のどか)で、かつ美しく見えた。もちろん、遠目にそう見えるというだけの話だったが。


 ここまで魔族が侵入してくることは滅多にないという話だったが、それでも防備の厚さははっきりと(うかが)える。ああいう複雑な形をした内廓や外廓といったものは、侵入者を道に迷わせることを第一目的にしていることが多いからだ。

 俺はその渦巻きの中心部を指さして訊ねた。


「シスター・マリア。あの尖塔の一群は?」

「はい。あれがこの国の支配者、ヴァルーシャ帝の居城です」

「えっ。と、いうことは──」

 思わず見下ろせば、マリアはいつもどおりの柔和な笑みを返してきた。

「帝都ステイオーラ。ここが、この国の中枢ということになりますわね」


(帝都、か──)


 つまり、ここがこの国の首都というわけだ。あの林立する尖塔の奥にこの国の王族や貴族たちがいて、この国の権益を握り、政治を(つかさど)っている。

 彼らが俺のような「勇者」をどう扱うのかは知らないが、いずれにしろ俺は自分の身分を明かすつもりなどないので関係はないだろう。こんなところは適当に通過して──物資の調達のために一泊はしなくてはならないという話だったが──さっさと先を目指すことこそが重要だ。なにしろ、時間はないのだから。

 そっと目を閉じて例の胸の「タイマー」を確認すれば、目の奥には次のような数字が浮かんでいる。


『355.10.2.40』──。


 密かに唇を噛む。

 この地へ来て、すでに十日近くが過ぎている。

 俺がもし「あと三百日以上もある、まだまだ慌てなくていい」と考えるタイプの人間なら平気なのかもしれない。いわゆる「夏休みの宿題を最後の二、三日でこなそうとするタイプ」だ。しかし、残念ながら俺はそっちのタイプではなかった。

 別に心配性だと言うのではない。単純に、今の自分の状況と能力ではとても魔族に太刀打ちできないと確信するからこその判断だ。俺にはもっと、鍛錬する時間が必要だ。さらに、戦闘で協力してくれる有能な仲間の獲得も。


「あちらの大門から街に入ります」


 マリアの指さす先には、城郭のうち数か所に開けられた穴のような門がある。ごつい鉄の(たが)のはまった巨大な木製の扉が鎖ではねあげられており、その前に、馬車や荷物をかついだ人々の長い列ができている。兵士たちがそこで、街に入る人々をチェックしているのだろう。

 列は長々と何百メートルも伸び、少しずつしか前へ進んでいないように見える。かなり時間を食いそうだ。

 俺の内心を見通したように、マリアが少し微笑んだ。


「ご心配は無用です。『勇者様』がたには当然、この列に並ばなくてもよい特権が付与されていますので」

「いや、しかし──」

 身分を明かさずに済ませようと思うなら、列に並ぶのが常道ではないのだろうか。

 しかし、マリアは首を振った。

「ここまではヒュウガ様のご身分を明かさなくともどうにか通過できたわけですが。帝都ともなるとそうは参りません。どの道、皇帝陛下に一度は拝謁せねばなりませんし」

「え……そうなのですか?」

「はい」


 皇帝に会うのか。この俺が?


「大門に至りましたら、そのお胸の青い宝玉を衛士に見せていただけますか。それがいわば、こちらでの『通行手形』となりますので」

「……わかりました」


 俺は古びたチュニックの上からそっと、その宝玉の存在をさりげなく確かめた。

 今もそこで青く輝いているだろう「勇者の証」が、とくりと不思議な音を立てたような気がした。





「む。『青の勇者』……さま? お名前は……ヒュウガ様。ほう、そうですか。……確認しました。どうぞお通りくださいませ」


 大門を警備する兵士の一人が、チュニックの胸元を開いて見せた俺に向かってそう言った。みな、茶色の革鎧と兜を身に着けた下級兵らしいいで立ちだ。最初は多少傲慢な態度に見えた兵士たちが、上官らしい男の声を聞きつけ、やや居住まいを正してこちらに一礼してきた。

 が、ちらちらと俺を見るその目には「なんで勇者がそんな汚い格好なんだ」という不審の色がありありと見えた。


(なんだ……?)


 違和感を覚えたのは、彼らが礼儀正しいからではなかった。なんとなくだが、彼らが俺を見る視線には、表面上は取り繕っているものの、どこか見下したような感じがあったのだ。まあそれは、俺がこんな貧しい身なりをしているからだったのかも知れないが。

 それにしても、下にも置かぬ扱いをされてしまったライラの故郷、ハイド村の人々とでは随分と態度が違う。俺はそこに、少しの戸惑いを覚えたのだ。


 街に入ると、今までの所とは比べものにならないほどのにぎわいが俺たちを迎えた。街の広場らしいところには以前のものよりもさらに大きな市があり、非常な活気がある。

 大声を上げて品物の値段交渉をする人々の群れを、広場中央に据えられた巨大な王の像が見下ろしていた。マントをなびかせ、金属鎧に身を包み、剣を(かか)げた雄々しい姿。マリアいわく、それが「初代皇帝ヴァルーシャ一世」なのだそうだ。

 前の町の数倍の広さのある大通りはきれいに石畳が敷かれ、ひっきりなしに馬車が行き交っている。街はごく清潔に整備され、道ばたに物乞いややせ細った孤児たちがうろついていないのは、現ヴァルーシャ帝の善政の賜物なのだということだった。

 何よりも、地下に下水施設が整備されていることが大きいのであるらしい。


「にゃああ~っ。おいしそうにゃ……。ご、ご主人サマぁ、レティ、一個だけでいいからあれ買っちゃダメ……?」


 食いしん坊のレティが早速、うまそうな油の匂いをぷんぷんさせている丸い揚げ菓子の店を見つけてよだれを垂らしている。鼻はひくひく、目は輝きまくり、耳はぴんと立っている。今にも子猫よろしくぴくぴくとお尻を振って、とびかかっていきそうだ。


「いけません。路銀は大切に使いませんと」


 ぴしゃりと返事をしたのはマリアだ。

 基本的に、路銀は彼女が管理している。ライラは相変わらずの大荷物だし、<治癒>によってこの中でもっとも収入を得ているのがマリアだからだ。俺も道々、どこぞの奥方やら女性やらに護身術を伝授して小金を稼ぎはしたのだったが、さすがにマリアほどの収入にはならなかった。


「そうよ、レティ。そうでなくてもあなた、この中で一番の大食らいなんだから! ちょっとは遠慮ってものを学ばなきゃ」


 ライラもすかさず厳しい口調で同意している。ほんのわずかの差とはいえ、少し早く俺と旅を始めたために、彼女はどうやらレティの先輩のつもりでいるらしい。


「はにゃにゃ……。おにゃか、すいたのにゃあ~……」


 赤い耳をぺたりと下げて、レティがあからさまにがっかりした顔で肩を落とす。尻尾もくるんと足の間に巻き込まれ、いかにも情けない感じだ。「あううう……」と、ちょっと泣きまねなどしてみせるレティに、俺たちがほんの少し苦笑した時だった。

 

「どけどけぇ。てめえら、邪魔なんだよ!」


 下卑(げび)た喚き声と共に、前方から男と女たちの一団がやってくるのが見えた。その途端、周囲でにぎやかにしていた人々の表情がさっと凍り付いた。ほがらかに店の野菜などを物色していた客の女が、何故か自分の連れていた娘らしい小さな少女を、大急ぎで背後に隠したのが見える。


(なんだ……?)


 その場の皆の視線の集まった先。

 そこに、その男はいた。

 金糸や銀糸で手の込んだ刺繍をほどこされた豪華な上着を着て、いかにも上等そうな黒いブーツを履いている。しかし彼は、そうしたいで立ちには似つかわしくいないほどに、ひどく品のない表情をした男だった。

 昼間だというのに酒にでも酔っているのか、足取りもおぼつかない。くしゃくしゃの黒い髪にどんよりと濁った眼をして、だらしない唇のまわりは無精ひげがびっしりと取り巻いている。その目がじろじろと、何かを探すようにして人びとの群れに向けられていた。

 男の周囲には、いやに露出の多い服装をした美しい女たちが三人いて、両側から彼を支えるようにして歩いていた。その周りにほかに数人、まだ七、八歳ほどにしか見えない幼い少女たちもいる。


「なんだ、なんだぁ? てめえら、俺の顔がわからねえのか。俺は緑の勇者様だぞぉ! お前らを魔王から守ってやる、勇者様のお通りだってんだ。どけ、どけえ!」


(なに……?)


 俺は耳を疑った。


 「勇者様」。

 こいつは今、勇者と言ったか。


 首筋の後ろあたりに、ぴりぴりとした痛みを感じる。明らかな警鐘だ。

 その感覚をなだめながら、俺はその男をさりげなく観察し始めた。

 


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