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9 美しい人



「えっ? なに言ってるのにゃ、ギーナっち……」


 完全に呆気にとられた顔になっている。猫族であるレティは素晴らしい聴力を持つ。当然、聞こえたということだろう。

 実を言うと、俺にも聞こえた。

 魔王としての聴力は、人間だったころの比ではないのだ。


──『あたしが、キレイなわけないだろ』。


 それは恐らく、単純に美醜の問題ではないはずだった。

 ギーナは悲しげな微苦笑を浮かべると、びっくりした顔のレティとライラを見つめた。


「当然だろう? それ言うんだったら、あんたらのほうがよっぽどキレイさ。……だってそうだろ? もし同じ状況になってたら、あたしなんか滅茶苦茶にあんたらのこと疑って、恨んで恨んで……そりゃあ酷いことになってたに決まってんだから──」

 言葉を続けるうちに、次第しだいに彼女の声が震えはじめる。握りしめた拳が小刻みに震えているのに気づいて、俺はギーナの肩に手をのばした。

「ギーナ──」

 が、彼女は俺の手から逃げるようにぱっと飛びのいた。

「触るんじゃないよ!」

「ギーナっち……」

「ギーナさん……」


 レティとライラが困ったように目を見合わせる。

 と、急にギーナが明るい顔と声に戻って言った。


「ああ! ごめんよ。お客様がたの前で、急に変なこと言っちゃって。忘れておくれ。湿っぽいのはなしにしよう。さ、もう中へ入ろうよ。<魔力シールド>が張ってあるって言っても、北の冬はやっぱり寒いからね。お客人に風邪をひかせちゃ大変だ──」


 言ってもう踵を返し、一人でさっさと王宮の建物に戻ろうとする。

 が、ライラが急に大きな声を出した。


「待ってください!」


 ギーナの足がぴたりと止まる。が、振り返りはしなかった。ライラは構わずその背に向かって言った。

「ごめんなさい、ギーナさん。ほ、ほんとのこと言うと、そりゃあヒュウガ様と離れていた間、『全然まったくなんにも思わなかった』って言ったら嘘になります」

「…………」

 ギーナの顔がほんの僅か、こちらに向けられたようだった。

「ほんとは、めちゃくちゃグルグル、いろんなこと考えちゃってました。ギーナさんのこと、つい恨めしく思ったり……憎らしくなっちゃったり。そんな自分が、すっごくイヤになったりして」

「ライラ……」

 呼びかけると、ライラはちょっと恥ずかしそうな、あるいは悲しそうな笑顔を俺に向けた。

「すみません。……本当のあたしは、こんなどうしようもない人間なんです。ほんと、つまんない子です。なんにもできないくせに、魔力だってないくせに。『ヒュウガ様を助けるんだ』なんて言って、結局ヒュウガ様の足をひっぱって。それで、ひどい目に遭わせたくせに……こうやって一人前に嫉妬だけするなんて」

「いや、それは──」

「ううん。綺麗ごとばっかりじゃないです、本当は。すっごく恥ずかしいですけど、それも本当のことです。……でも、今ギーナさんの顔を見たら、そんなのどうでもよくなっちゃったんです。これは本当です。信じてください、ギーナさん」


 ギーナがはっきりと顔をこちらに向け、ライラの目を見返した。その瞳はまだ戸惑っている。

 と、ライラの隣にずいとレティも歩み出た。

 その耳と尻尾が、へたりと垂れてしまっている。


「レティだってそうにゃ。ほんとは、ライラっちと『ヒュウガっちのバカー! 一人でなんでもかんでもしょいこんじゃってほんっとバカー!』とか、『ギーナっち、ヒュウガっち独り占めしてずるーい! 美人ずるーい!』とか言って~、めっちゃヤケ食いとかしてたのにゃ」


 ヤケ食いか。

 なるほど、いかにもレティらしい。


「実は、ちょ……ちょびっと、太っちゃったぐらいなのにゃ」

 口を尖らせ、顔の前で人差し指と親指で小さな隙間を作って見せながら、だんだん真っ赤になっていく。もう片方の手で、紅い髪をばりばり掻きむしる。その隣で、ライラまで頬をぱっと林檎の色に染めていた。

「ちょ、ちょっと。レティ! それは内緒ねって言ったじゃない……!」

「あっ! ゴメンにゃ。ちょびっと! ほんのちょびっとにゃよ? ほ、ほんとはヒミツだったんにゃけど……」

 レティが途端にあわあわする。

「で、でもね、ギーナっち。レティのおばーちゃんがよく言ってるにゃ。『その人の目を見れば、猫族(バー・シアー)には大体のことはわかる』んにゃって」

「…………」

 なんとなく迷子のような、すがるような目をしたギーナに向かって、レティはにかっと笑って見せた。

「ギーナっちのお目めはすっごくキレイにゃ。バー・シアーの()()()()()にゃ! だから、ちゃーんと大丈夫にゃ~!」

「……もう。あんたって」


 ギーナがくるっとまた踵を返した。

 その声は、間違いなく震えていた。


「ほんと……バカ猫なんだから」


 言い捨てて、もうすたすたと後も見ないで行ってしまう。

 俺たちは少し顔を見合わせたが、宰相やデュカリスたちも伴って、そのまま彼女のあとに続いた。

 俺はちょっとこめかみを掻いた。


(タイミングを逸したな──)


 口を挟む隙などなかったので、まあ仕方がないのだが。

 

 ギーナだけじゃない。

 ここにいる、俺の「もと奴隷」の三人はみんな綺麗だ。

 あのリールーのお墨付きをもらうまでもなく、分かっているし、知っている。


 ……みんな、美しい。

 とても美しい人たちだ。

 だれが、何と言おうとも。

 これまで、何があったとしてもだ。


(いつか……言ってやらないとな)


 密かにそんなことを思いながら、俺は黙って、久しぶりに全員揃った女性たちの背中を追って歩いて行った。


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