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6 存念



「うっははは! いやはや、愉快、愉快。やってくれましたねえ、陛下」


 約一か月後。

 魔王城、応接の間。

 そこで真っ赤な髪を持つ偉丈夫が、酒杯を片手に豪快に笑っている。

 言うまでもない。南東の領主、四天王ゾルカンだ。

 この場には、彼の腹心たちである武官数名とヒエン、そしてギーナが同席している。ちなみにマルコは別室で「マノン」として、一応会話を()()している。


「ヒエンから聞いておりますぜ。陛下は今回、あの薄汚ねえ『吝嗇(りんしょく)女ギツネ』めをぎゃふんと言わせてやったそうで。ああもう、聞いたときにはすーっとしたねえ。あいつにゃあこの百何十年ってもの、そりゃもう色々、鬱陶しい目にあわされてきましたもんでね」

「そうなのですか」

 それは大変お気の毒に。俺は心から同情申し上げた。

「そーなんっすよお。なんてえか、とにかく性格からして、俺とはひとっつも合わねえからねえ。てめえ一人だけ、わんさか財宝を集めてニマニマしやがってよ。領民が食うや食わず、爪に火を(とも)すような生活してるっつうのに、平気の平左(へいざ)でいやがるんですぜ? そんなもん、王道、覇道にゃ程遠いでがしょ」


(『平気の平左』……?)


 意味はわかるが、一体いつの時代の人間なのだろう、この男。

 変な顔になった俺には構わずに、ゾルカンは出された料理に遠慮なくかぶりつき、次々に酒杯を空けては陽気に会話を進めている。

 が、実はその裏で、例によって秘密裏の<念話>による会話も行われていた。

 今回の会合のおもな目的はこちらだったが、もちろん名目として、大都督、四天王ゾルカンのこれまでの善政を(ねぎら)うため、とかなんとかいった「建て前」は用意してある。


《んで? 例の『創世神討伐作戦』の進捗はどうなんで》

《はい。南側、ヴァルーシャ帝国にいる仲間たちは全面的に協力を申し出てくれております。『マリア』についての情報収集は、現在続行中とのこと》


 その後、ゾルカンはこの作戦について大いに興味を示してくれた。彼の腹心、ヒエンによる口添えの効果は絶大だったというわけだ。

 要するにそれゆえの、今回の会合なわけである。


《ふむ。……で、あの女ギツネのことはどうなさるんで。まさか、このままってこたあねえんでがしょ?》

《ええ、それなのですが》


 もちろん、キリアカイをあのままにして「創世神討伐作戦」に移行する、という訳にはいかない。

 魔王領もゾルカンの領地も、あのキリアカイの領地と隣接している。たとえば討伐作戦中に虚を衝かれ、領主不在のところへ大軍をもってなだれ込まれでもしては()()だ。

 あの女がその機に乗じてあれこれと理由をつけ、こちらの権益を少しでも引きはがそうと動くのは想像に難くない。ゾルカンが憂慮するのもそのことのはずだった。


 ただ、北西のダーホアンにやったような手はもう使えまい。あれ以降、キリアカイもそれをひどく警戒している。先日俺が「そちらへ伺いたい」と水を向けた時、慌てて断っていたのもそのためだろう。

 ここからは時間はかかっても、じっくりと奴の周囲の堀を埋める策に出るしかない。


《実は、その件でご相談がありまして》


 ギーナやヒエン、さらにルーハンとフェイロンとはすでに協議済みのことだったが、俺はあらためてゾルカンにも同じ説明をするつもりでいる。

 今回、彼をここへ呼んだ最大の目的はそれだった。


《ご自身の領地にあって、多くの忠実な部下に囲まれ、堂々たる善政を敷くゾルカン殿だからこそ、一度お訊ねしたかったのです。……ゾルカン殿は、一般魔族、平民たちへの教育について、どのようにお考えなのでしょうか》

《教育? ってえと、文字の読み書きとか計算とか、そーゆーことかい?》

《基礎中の基礎としては、まあそれです。ですができれば、それ以上の学問の機会を平民の、特に子供たちに対して開きたいと考えておりまして》

《ふうむ?》


 ゾルカンは大きな骨付きの肉の塊を口に放り込み、骨ごとバリバリ咀嚼している。その顔は、まさに豪快そのものだ。その口の端からは、普通の人間よりもかなり大きな犬歯がにょっきりとのびている。


《面白いこと言う魔王様だねえ。まあそりゃ、教育っつうのは国の基盤だわな。うちでも上級魔族のガキどもにゃ、ちゃんと学問所に通わせてるが──》

《左様でしょうね。そうした身分の高い子弟には、最初から多くの機会があることでしょう。それはどの領地でも同じです。しかし、一般の平民階級はどうでしょうか》

《ん~。平民ねえ》

 ゾルカンは見事な紅色の顎髭を手のひらでごしごし(こす)って、わずかに頬を歪めた。

《必要は必要だろうが、地方の農村部とかになりゃあ、子供だって立派な労働力だかんなあ。んな事させてる余裕なんざ、ねえのが普通。そんなもんだと思ってたが──》

《そうなのです。それは、ルーハン卿の領地でも同様でした》


 だが、それでは恐らく足りない。

 これから国を豊かにしていこうという時に、身分の高い、ごく一部の知識階級だけが政治の中枢に関われるというのでは不十分だ。

 かつての俺の世界がそうだったように、身分の低い人たちが文字を読めない、簡単な計算もできないという世界では、どうしても貧富の差が埋められない。持てる者がさらに持ち、貧しい者から搾取し続ける図式がずっと続いて行くだけだ。階級差が貧富の差となり、両者がどんどん二極化してくばかり。

 そして支配者階級が牛耳る政府には、腐敗が蔓延しがちになる。

 それでは、国は一定以上の豊かさを持ち得ない。


《もちろん、『そうなることで自分の身分と権益が侵される』と考える統治者がいたのでは、この事態は覆らない。愚かな統治者によって、貧しい人々がただ搾取される世界が延々と続くだけでしょう》

《んー。……まっ、そーゆーことになるのかねえ》

 ゾルカンが太い指でちょいと頬を掻いた。

《ちなみに、ゾルカン殿はいかがです》

《え? 俺ですかい》

《ええ》


 俺は少し心の声を落とし、ひたと男の(まなこ)を見据えた。

 言ってみれば、ここからが俺の本題だった。



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