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12 勝機


 言うまでもない。

 真野とガッシュの思念だった。

 乱入してきたふたつの思念に、場の一同はかなり驚いたようだった。が、それでも顔には出さずに済ますところは大したものだ。


《申し訳ありません。部屋は別ですが、この二名には、この会合に参加してよいと言ってありましたもので》

《……なるほどね》苦笑ぎみに答えたのはフェイロン。《まさかこんな所で、前魔王陛下とお話ができようとは。光栄の至りにございますな》

 が、思念そのものは皮肉まみれである。当然だろう。

 真野は構わず言った。

《ま、いいじゃん。今回のことには、オレがいなきゃあ始まらないぜ? ルーハンの腰巾着なんぞに興味はないから、まあ気にすんなよ》

《別に、気にはいたしておりませぬ》


 フェイロンもしれっとしたものだ。

 真野は「あっそ」とけらけら笑ったかと思うと、すぐに真面目な口調になった。


《ヒュウガが言った通りだ。オレはまあ、こっちで相当好き勝手させてもらったけどさ。だからって、あの『創世神』野郎を放っとくつもりはねえんだよ。あいつほんっと、うぜえからな》

《……『ウゼエ』?》

 ヒエンがそう聞き返す。意味が分からないのだろう。場の皆の思念も微妙なものになった。

《申し訳ありません。せいぜい『鬱陶しい』ぐらいの意味です》

 俺の補足を受けて、皆は「ああ」という顔になった。

《真野。皆さまにも分かりやすい言葉で話せ。そっちの俗語(スラング)を普通に使っても通じない。いちいち俺が注釈をつけるのは、時間のムダというものだ》

《ほえ? あ、あ~~。そっか。そうだな》

 真野の思念がへらへら笑った。

《ま、そんでだ。オレとヒュウガは『創世神』をブッ倒すことにした。ドラゴンどもも協力してくれるってさ》

《任せろよー。もうおじいちゃんには連絡しといた。南のリールーとか、おばちゃんたちにも連絡してある。もちろんぜーんぶ、オレらドラゴンの秘密の通信でなー》

 補足したのはガッシュの思念だ。

《どうよ、お前らも噛まねえか? お前らのとこの親分が参加してくれりゃ、さらに作戦はうまくいくだろうしな。……って、まあそういうことだよ》


 再び、場には沈黙と緊張が走る。

 とはいえ口頭では、相変わらず政務の話が続行しているのだったが。


《……なんとも。さすがに驚きを禁じえませんね》

 まずそう言ったのはフェイロン。

《左様ですな。これまで、考えも及ばなかったことでしたゆえ》呼応するように言ったのはヒエンだ。《しかし、勝算はおありなので? ドラゴン族の協力を仰げるとは申せ、まずこちらには敵の正確な情報もない状態なのでは》

《そうなのです。そこはまだまだ、これからの準備に掛かっているかと》


 俺は素直にそれを認めた。

 そもそも、「創世神」を討つとはいっても、一体だれを標的にすればいいのか。南側の各地に散らばっている「マリア」たちのそれぞれの個体を倒せば済む話なのか。とてもそうは思えない。

 あのマリアたちは「システム」だ。一応は肉の体を持ってはいても、彼女たちが全部でひとつの意識を共有していることはもう知っている。だが、その()()()はどこにあるのか。俺たちはいったい何を討てば、はっきり「勝利した」と言えることになるのか。それすら皆目わからないのだ。


 ヒエンの、獅子のものである落ち着いたグリーンの瞳が、じっと観察するように俺を見つめてきた。やがて、実際の声と変わりない、低くて思慮深い思念がまた流れてきた。


《陛下。敵を知らずんば、勝機など決して見えませぬ。まずは秘密裡に、我らは敵の情報を集めることが先決でしょう。『創世神』とは何者か。『マリア』と申す者は何者か。まずはそこからにございましょうな》

《……おや、ヒエン殿。そうおっしゃるということは、貴殿はこの作戦にご協力なさるということですか》


 やや茶化すように入って来たのはフェイロンだ。

 マリアを「敵」といい、主語を「我らは」と言う以上、ヒエンはすでにこの作戦に協力することを表明したのに等しい。

 が、期待を込めて見つめた俺の目を、ヒエンは困ったように見返した。


《いえ。一応は、わが(あるじ)の意向を確認せねばなりませぬ。ゆえにこの場で断言はできかねまするが》

 やや一礼し、申し訳なさそうに言う。

 彼の主とは、要するに南東の四天王、ゾルカンだ。

《一度、我が騎獣のドラゴンを通じて閣下に言上申し上げます。……お返事は、あらためましてそののちに》

《そういうことになりましょうね。……まあ、わたくしも同様でございます。まずは南西の四天王であらせられます、ルーハン閣下のご意向を確認して参りましょう。それでもよろしゅうございましょうか、陛下》

《無論です。どうぞ、両閣下によろしくお伝えくださいませ。ヒエン殿、フェイロン殿》


 二人の臣下に向かって、俺は口頭での適当なタイミングを見計らい、軽く頭を下げて見せた。

 と、「ただし、あんたら」と横からギーナが口を挟んだ。


《この場の話は全部、あんたらのご主人以外には内緒だからね。そこはおわかりだね? 兄さんがた》

《ええ、それは》

《無論のことです》

 フェイロンはにこやかに、ヒエンはむしろ憮然として答える。

 俺はさらに重ねて言った。

《どの道、あなた方のご主人のご協力なしに成し遂げられる話とも思っておりません。お二方のご協力抜きでは、自分は決して動きますまい。それはお約束いたします》

 沈黙のまま、二人の視線が俺に集まる。

《それに、お二方にとってはさらに重要な話もありましょう。つまり、『創世神』を倒した後の、この魔族の国の覇権をどうするのか。そのあたりのお話もせねばならぬでしょうし》

《…………》


 その途端、ヒエンとフェイロンの視線が冷たくぶつかりあうのが分かった。

 無理もない。この二人の主人たる人たちは、どちらが次の魔王になってもおかしくないほどの器量の持ち主だ。その臣下である者として、自分の主人にこそ次の覇権をと願うのは当然の話である。

 が、まずはその前提となることもある。

 俺は先にそちらを話すことにした。


《しかし、今のところは、北東のキリアカイのことがあります。あのかたがどう出るかも分かりませんし──》

《ああ、それでしたら》


 と、二人が同時にこちらを向いて言った。


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