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9 擬態


 なにやら妙な気持ちになって、俺は一歩、退(しりぞ)いた。


「もしもあなた様が、この地の四天王をすべて廃してご自分ひとりの統治する国を目指しておられるのだとしたら、こんな回り道もありますまい」

「…………」

「わからんのです。どうにもわからん。あなた様というお方は、わたくしどもの理解を越えている。もともと、異なる世界から落ちてこられた方だから……というばかりのことではなしに、ね」


 言ってフェイロンは腕を組むと、ひょいと指先で自分の頬をなでるようにした。どうやらこれが、この男がなにか物を考えるときの癖であるらしい。


「あなた様は、いずれは別世界へお戻りになる身なのでしょう? でしたらこちら側の世界のことなど、そこまでお考えになる理由はない。必然性がない。放っておけば良いのです。実際、今までの魔王様がたはそうしてこられた。そうして好き放題、狂乱と淫乱、放蕩と欲望の限りを尽くす人生を送られた。しかし、あなた様だけは違います」

「…………」

 ふと目をやると、ギーナとヒエンがじっと深い意味のある目をして俺を見ていた。

 フェイロンは淡々と、しかし刺すような視線のまま言葉を続けている。

「陛下は、こちら魔族の国の四天王を動かし、その領土と制度を改変させ、権力のありかた、民のありかたにまで大幅に手を入れ、変革しようとなさっている。まずまず、政治改革ということでございましょう。……しかし、そのことであなた様にどんな利がありましょうや」

「…………」

「それをすることで、いずれ何を為そうとお思いですか。臣といたしましては、そちらを伺っておきたいのです」


 フェイロンが口を閉ざす。しばし訪れた沈黙のため、どこか遠くで(ねぐら)に帰ろうと鳴き交わす、鳥たちのこうこうという声が急に大きくなって聞こえた。

 俺はだまって彼を見返し、次にそばに立つギーナとヒエンの方を見た。


 彼らにすべて話せてしまえたら、どんなにいいだろう。彼らの助力があるならば、計画はずっと楽に進むに違いない。

 が、今ここで、こんな場所で真意を晒すのは難しい。

 どこで誰が聞いているかもわからないし、なにより()()()には、聞き耳を立てられない場所などどこにもないからだ。

 ……俺の、心の中以外には。


 本当のことを言えば、すでにあの黒いドラゴン、ガッシュにはある程度のことを話してある。彼の、というよりも彼の親族にあたる者たちの協力なしに、これは決して成し遂げられないことだからだ。

 とは言え彼らだって、()()()の以前の言を借りれば、単なる「被造物(クリーチャー)」に過ぎない者たちだ。だから、どこまで奴にこの計画を読まれずに済んでいるのかは分からない。

 ともかくそれでも、現時点でこれ以外にできることはないのだ。


(だが──)


 と、一度唇を噛んで、改めて彼らに何か言おうとした時だった。不意に門の奥のほうから少年の声がした。


「あ、こちらにいらっしゃったんですね。シャオトゥさんやほかの皆さんが探していらっしゃったので……」


 マルコだった。どうやら俺たちを探していたらしい。

 いや、「()()()()()()()()()」と言うべきか。というのも、その肩にはいつも乗っているはずの、ピックルの姿がなかったからだ。

 俺はふと、違和感を覚えて眉をひそめた。


「みなさん、戻っていらしてください。シャオトゥさんが心配してます。それに、そろそろ夕餉(ゆうげ)の支度も調(ととの)うそうですよ。ね、ギーナさん」

「あ……ああ」

 ギーナもやや怪訝な顔だ。

「さあ、フェイロン様も、ヒエン様も」

「分かった分かった。すぐに行く」


 フェイロンが残念そうな顔になり、ちょっと息をついた。それでも一応、少年に向かって笑顔を作ってうなずいている。これで話は続けられなくなった。まさか、こんな小さな少年の前でするような話ではないだろう。

 俺は少しほっとしつつも、少年の顔を盗み見た。


(こいつ──)

 

 が、俺が何か思うより先に、頭の中で声がした。


《いいから、話を合わせろよ。()()()に聞かれたくねえんだろ?》

《……おまえ、やっぱり──》


 少年が、愛くるしい顔で俺を見上げてにっこり笑う。この顔だけ見ていれば、いつもの純真なマルコ少年そのものだ。しかし、違った。

 間違いない。こいつは真野だ。

 が、真野は今、なぜか自分の憑子(よりまし)であるマルコ少年の言葉遣いや態度をそっくりそのまま踏襲している。それはとても巧みなもので、本物のようにしか見えなかった。


《うまいこと、さっきからうたた寝を始めてくれたもんでな、このガキ。今日一日、なんか色々あったみたいじゃん? まあ後追いなんだけど、例の映像の再生で、もう見せてもらったぜ》

 そんな便利なことができるのか。本当にこいつ、色々と「チート」だな。俺は少し呆れてしまう。

《なんだかんだ言って、やっぱガキだよなあ、こいつ。すーぐ疲れちゃって。お陰で、やっとオレが出てこられたってわけだけど》


 「さ、こちらへ」などと言い、にこにことみんなを先導して食堂へと案内するふりをしながら、真野は俺の頭の中にだけ話しかけている。


《ちょっと面白い話をしてたじゃん。……だったら、俺にも噛ませろよ》

《なんだって?》


 思わず足を止めそうになる。が、マルコの顔をした真野がちらりとさりげなく、目だけで(とが)めるようにしたので、どうにかそれは回避できた。俺はほかの三名と歩調を合わせたまま、黙って少年のあとを歩いて行く。

 頭の中の声が再開された。


《オレも、あれから色々考えたんだよ。まあ、まだ病院のベッドの上で、考える時間だけはアホみたいにあるからなあ》

《…………》

《お前がやろうとしてることも、なんとなくだけど分かる気がする。……つまり、こういうことじゃねえ?》


 そうして真野は、つらつらとその「予想」について俺に語った。


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