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5 四天王ゾルカン


 女官たちがたちまち困った顔になり、互いに目を見かわした。

 その答えは明らかである。

 どうせそんなことだろうとは思っていた。四天王の一人、ルーハンの側近だった青年フェイロンが、シャオトゥの「世話係」としてこの王宮にやってきて二十日あまり。この男はその本当の目的である「新王ヒュウガ」の情報収集にのみ専念しているということらしい。

 俺はやや肩を竦めて男を眺めた。


「一応、貴殿のことはシャオトゥの『世話係』としてこちらに置いているのですが。本来の仕事を果たすお気持ちがないのなら、謹んでご主人のもとへ送り返しますが、それでよろしいか」

「おや。それは困りましたね」

 言うほど困った顔もしないで、フェイロンはしれっと言った。

「とは申せ、わたくしはこの通り、れっきとした男子(おのこ)にございます。年頃の女子(おなご)の身の回りの世話とは申しましても、どうしても限界がございまして」


 そんなこと、最初から分かり切っていたことだろうが。だったらはじめから、女性をつけて寄越せばいいものを。

 俺が半眼を向けると、フェイロンはますます楽しげな笑みを作った。


「いえ。もちろん、魔王陛下がそうお望みとあらば、いかようなことも(いと)うものではございません。共に入浴して細かな場所までお体を清めてさしあげもすれば、夜には添い寝もいたしましょうぞ」

「お断りする」


 ぴしゃりと即答して、俺はまた一歩、シャオトゥのほうへ近づいた。

 シャオトゥが、またぴくり、と反応する。俺はぴたりと足を止めた。

 彼女のすぐ脇にいた女官が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません、陛下。わたくしどもにはようよう慣れていらしたところでございますが、やはり殿方のことはひどく恐れておいでなのです。これまでのことがことでございますゆえ……どうか、お許しくださいませ」

「いや、当然だ。気にしないでくれ」


 俺はそう言って片手を上げると、そのまま踵を返して部屋を出た。





《よーよー。なんか、南東のゾルカンのやつが、急に会いたいって言ってきてるみてえだぜー。どーする? ヒュウガ》


 頭の中でガッシュの声が聞こえたのは、それから五日後のことだった。


《ゾルカン? 一体、なんでまた》

《さあ? なんか、南の方から変な奴が来た、とかなんとか言ってるぜー。そいつが『どうしても魔王に会わせろ』って聞かないらしい》

《南から……?》


 どういうことだ。南東に領地を持つ四天王のひとり、ゾルカン。彼の領地の南といったら、それは「北壁」をはさんだ人族の国ということになるのだが。


《『詳しいことは会って話す』の一点張りだぜー。どうするよ、ヒュウガ》

《……分かった。会おう》


 俺はギーナと侍従の青年にその旨を伝えると、すぐに魔王の「謁見の間」の準備をさせた。もちろん、公式にはきちんと先触れの使者がやってきて同様のことを告げるわけだが、城の内外の情報を最も早くつかむのはこのガッシュなのだ。



 ゾルカンは、先触れの使者の到着からものの一時間もしないうちにやって来た。

 あの時、真野と対峙した謁見の間である。魔王の玉座からずっと続いた階段の下に、いかめしい鎧を身にまとった数名の男たちが片膝をついて(こうべ)を垂れている。

 その先頭にいるのが、四天王のひとり、ゾルカンだった。

 一度会ったことがあるので顔は知っているが、相変わらず猛々しい風貌の男である。彼はあのガイアにも負けないほどの堂々たる巨躯の持ち主で、全身からあの「三国志」に出てくる張飛を彷彿とさせるような威風を発していた。

 針金のようにぼうぼうと生えた頭髪と髭。それは真っ赤な色をしている。身に着けた鎧も同様で、鮮血のような紅色だ。腰には幅広の巨大な曲刀を()いている。


 ちなみに俺は、今回、こちらも鎧姿で彼を迎えた。

 勇者だったときに胸にあった「青き勇者の宝玉」は、その色を真っ黒なものに変えて相変わらず俺の胸に存在している。今ではそれに手を当てても、例の「残存時間カウンター」は見えてこない。だが、ためしにと「<装着>」とつぶやいてみたところ、この鎧姿になったのだ。

 鎧は完全に様変わりした。

 それはあのガッシュの身体のように黒光りする、勇ましいものへと変貌していたのだ。魔王の鎧なのだから、もっとおどろおどろしい形なのかとも思ったのだが、意外にさほど嫌悪を覚えるようなものではない。むしろ雄々しく、堂々たるデザインだ。兎にも角にも、そのことについてはほっとした。

 今はその上から、黒いマントを流している。

 ギーナと宰相ダーラムを連れて玉座前に出ていくと、下方にいる一同は一斉に頭を下げて俺を迎えた。


「先日来ですね、ゾルカン殿。此度(こたび)はどんなお話でしょうか」

 そう語り掛けると、ゾルカンはぱっと顔を上げ、髭面の頬をにかりとゆがめた。

「突然申し訳もなきことで。いやはやこっちも、ちょっとこいつの扱いには困っているもんでね」

「こいつ、というのは?」

「は。……おい」


 ゾルカンが後ろの武官らにちょっと顎をしゃくって見せると、彼らの後ろにいた小さな少年が、どんと背中を押されてつんのめった。そのままよろよろと前へ出てくる。その拍子に、その肩に乗っていた小さな生き物が驚いたように飛びおりた。

 

(え? この少年は──)


 俺は目を(みは)った。その顔には見覚えがあった。


「マルコ……なのか?」

「あ。……は、はい……」


 スナギツネによく似た生き物が、すぐにその胸に飛び込んでいく。それを抱きしめるようにして、少年はおどおどと俺の方を見上げていた。



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