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3 失踪


 俺は多少の疑問をおぼえて、ヴァルーシャ帝のほうをちらりと見た。

 案の定と言うべきか、少年は意味ありげな笑みを浮かべていた。

 が、話を引き取ったのはフリーダだった。「それはだな」と言いながら、隣のデュカリスに目配せをしつつ、少し咳ばらいをしている。


『ライラもレティも、いわばそなたの『お気に入り』だ。そのことはもう、各国にも知れ渡ってしまっている。そなたたちのことはすでに、完全に有名になってしまっているのさ』

「……そうなのですか」

『そうなんだよ。それはもう、大々的にな。……で、その元勇者で、今は魔王になってしまった男のお気に入りの女たちがこちらにまだ残っている。それを、隣国の連中が安閑(あんかん)と放っておくとお思いかな? ()()()()


(あ……)


 俺はそこで、やっと理解した。

 なるほど。

 レティの故郷の村は、ヴァルーシャの西にあるレマイオス共和国側の山中にあったはず。となれば、レマイオスの上層部が戻って来たレティの身柄を抑えることは十分に考えられる。なんとなれば、「魔王」となった俺との交渉のためのカードとして使うためにだ。要するに、人質である。

 俺の表情を読み取った顔で、フリーダが言葉をついだ。


『我らはまず、そのことを懸念したのだ。それで先手を打って、レティの家族については早々に、こちらに身柄を引き取らせていただいておいたわけさ』

「…………」


 いや、それはそれで、かれらにとっては迷惑な話ではないのだろうか。

 大体、ヴァルーシャ宮に「保護」したかのように言ってはいるが、それだって(てい)のいい「人質扱い」には違いない。ヴァルーシャ帝国の上層部だって、俺がいつ「魔王」として性格を豹変させるか気が気でないのかもしれなかった。そのための「保険」が欲しくなるのは人情だろう。そこは理解できないわけではない。

 しかし、レティのご家族は、そのことをきちんと理解し、(うけが)っているのだろうか。ほんとうにきちんと生活の面倒などまで見てもらえているのだろうか……?

 と、俺の表情を見てとって、レティが慌てて顔の前で手を振った。


『あっ。だ、大丈夫にゃよ、ヒュウガっち! 最初のうちは、ママもおばあちゃんもビックリしてたにゃけど……そのまま村にいたら危ないのはほんとだったから。フリーダ様たちが来る前に、変なよそ者の男たちが村の近くをウロウロしてたって噂も聞いたにゃ。だから、村のみんなにも、しばらくはなるべく山の中に隠れとくように言ってきたのにゃ』

「……本当か?」

『うん。今はこっちのお城で、みんな大事にしてもらってるにゃ。ママはお城のお手伝いの仕事もしてるし。楽しそうにゃよ? だから心配しにゃいで、ヒュウガっち……』

「そうか。ライラの方は? どうなんだ」

 目を向けると、ライラもすぐにうなずいてくれた。

『はい、大丈夫です。ハイド村のあたしの家族はそのままあそこにいますけど、フリーダ様がしばらくは、警護のみなさんをつけてくださるって……』

「そうか……。良かった」


 そう言ったら、なぜかまたレティとライラの目に涙があふれたのが見えた。


『変わってにゃい、んだね……ヒュウガっち』

『ほんと……』

「え?」

『だって、ちゃんと……優しいにゃ。レティたちのこと、ちゃんと心配してくれてるにゃもん……』

『そうね。あたしたち、こんなご迷惑を掛けてしまったのに……。やっぱり、ヒュウガ様はヒュウガ様なのよね……』


 またぐずぐずと両手で顔をこすりながら泣き出したレティに引きずられるように、ライラも声を詰まらせてうつむいた。二人とも、ただただ申し訳なくてたまらないという顔だ。


「だーから。あんまりめそめそするんじゃないよ、二人とも」

 そこで初めて、ここまでひたすら黙っていたギーナが口を挟んだ。

「あんたたちが気を失ってるのをいいことに、あたしだけ抜け駆けしちゃって悪かったけどさあ。……この通り、ヒュウガはなにも変わっちゃいない。あんたらのことも、何も恨んだりなんてしてないんだ。変に気に病んで、あんまり泣いたりしないでおくれ。その方がヒュウガだってつらい。……わかるだろ?」

『ギーナっち──』

『ギーナさん……』


 ギーナの口調はごく普通で、内容を聞かなければ、まるで世間話でもするようだった。対するライラとレティは逆に、どんどん涙腺が緩んでいくようだ。


『大丈夫……。わかってるんです。あたしたちじゃ、ろくに魔力もなくって……そちらでは本当に、ヒュウガ様の足手まといになるしかないってこと』

『逆に、ゴメンにゃの、ギーナっち。ギーナっちに、みーんな押し付けちゃって』

「だから。そんなのはいいんだって」

 ギーナの声は、飽くまでも穏やかだ。

「あたしは、自分の好きでここに居る。()()()()のヒュウガのことは、このあたしがあんたらの分までちゃあんと守る。それは約束するからさ。だからそんな、いつまでもめそめそするんじゃない。……いいね?」


 水晶球のむこうのライラとレティは、もうものも言えないで、こくこくと頷きかえしてきた。

 二人が少し落ち着いてきたところで、俺は改めてヴァルーシャたちの方を見た。


「……ところで。例の、マリアのことなのですが。こちらではもう姿を見せていませんが、そちらではいかがなのでしょう」

『ああ。それはこちらも同様だな』

 少年皇帝ヴァルーシャは、椅子のひじ掛けにちょっと肘をついて呆れた顔になった。

『あれ以来、こちらの国の<マリア>は姿を消した。各地の教会を調べさせたが、いずれも忽然と姿を消したままだ。教会はからっぽ。以降は誰もその姿を見たものがない』

「……そうなのですか」

『この状況で恥知らずにもそこらで顔を出していたら、それはそれで胸糞悪いわ。片っ端から首の骨、へし折って回るぞ、俺は』

 口を挟んだのはガイア。

『そのせいなのか、新しい<勇者>はこっちには現れてねえ。他国についても同じみてえだ。まあ、あの雌ギツネのこったから、ロクなこと考えてねえだろうとは思うがよ──』


 吐き出すように言うその声を聞きながら、俺は少し考え込んだ。

 

(マリア……か)



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