4 ウサギの少女
ではなぜ、彼らは人族やエルフ族などを襲うのか。
俺自身、そのことはずっと疑問に思っていた。が、臣下の文官らの説明を聞いて「なるほど」と思ったのだ。
要するに、彼らオスの下級魔族たちにとって、他種族を犯すあるいは食すことは、ただのレジャーのようなものだ。例えは非常に悪いけれども、言うなればそれは、俺たちにとっての普段は手の出ない種類の贅沢な食事、あるいはデザートのような位置づけだと考えると最も近いのかもしれない。
いや、むしろ麻薬のようなものか。
が、それほど邪魔で面倒な者たちなら殲滅すればいいかと言うと、そういうわけにもいかないらしい。
比較的小柄なものの多いゴブリンはともかくも、巨躯を有するトロルやオーガの膂力はすさまじい。彼らは痛みをほとんど感じず、疲れも覚えないらしいのだ。あの理性のなさについてはかなりの難があるものの、一般兵として使うのに、あの威力を捨てるのは惜しすぎる。
もし四天王のうちの誰かがトロルやオーガを兵士として利用しないということにでもなれば、彼の領地どころかその命までも、あっという間に他の者に蹂躙されるは必至だろう。つまり、決して手放すわけにはいかない。
知能のあまり高くないトロルやオーガをどのようにして操るのかと言えば、それこそ「南方から捕えてきたエルフ族」の出番なのだった。それはハイエルフ、ハーフエルフ、ダークエルフやウッドエルフのどれでもいい。
「手柄を立てた者には好みのエルフを与えるぞ」というのが、彼らに対する一般的、かつ最高の褒美の示し方になる。
文官たちから初めてその話を聞いたときには、心底、虫唾が走ったものだ。
無論俺は、以降、そんな真似をするつもりはない。
が、それを彼ら四天王に悟られるわけにもいかないのだった。
フェイロンが召使いたちに命じて運ばせてきた茶菓子は、あちら世界で言う月餅とよく似たものだった。中に餡子や杏子、胡桃によく似た木の実が豊かに包まれた焼き菓子である。
ルーハンは俺たちにそれを勧めつつ、相変わらず何を考えているのかよくわからない細い目をさらに細くして見せた。笑ったのだ。
「今後、陛下におかれましては、他の四天王の面々ともこうして私的にお会いになられることもござりましょう。……が、どうか南東のゾルカンと、北西のダーホアンにはお気をつけあそばされませ」
「と、おっしゃいますと」
「……まあ、なんと申しましょうか。こうしてお話しさせていただきまして、ひしひしと了解しましてございまするが。まことに僭越なことなれど、陛下はとりわけあのダーホアンとは反りがお合いにならなかろうと拝察いたす次第──」
「……そうなのですか」
片眉を上げて訊き返したら、ルーハンはさっと片手を上げて見せた。
「ああ、いえいえ。あやつが『欲しい』というものを、適当に投げ与えておやりになりさえすれば、大抵のことは解決いたしますでしょうが。……ただそれを、陛下がいかように思し召されるかを、臣は心配しておるわけなのですよ」
「……はあ。それはわざわざ、ご親切にありがとうございます」
何が言いたいんだ、この男。
まあこの男にしても、腹に一物抱えているのはわかりきっていることだ。その発言をただ鵜呑みにできるはずもない。どこまでも自分にとって都合のいい状態になるようにと、うまく情報操作をしている可能性は限りなく高いのだ。
ここは適当に話半分に聞いておき、あとは自分の耳目で確かめるしかないことだろう。
俺は多分、やや半眼になっていた。隣のギーナも一瞬だけ、少し不快げな気を放ったようだったが、さりげなくしなを作り、まだ周囲にいた召使いやフェイロンに「うふん」と妖艶なウインクなど飛ばして誤魔化している。
そうでなくとも先ほどからギーナの肢体に目が釘付けだった召使い連中は、あっという間に青い皮膚を赤面させている。まあフェイロン青年はさすがなもので、そんなものは完全に「柳に風」とばかり受け流し、眉のひとすじも動かさなかったが。
「さて。というところでひとつ、臣から陛下に献上したきものがござりますれば。しばし、お付き合いくださりますれば幸甚にございます」
「は。なんでしょうか」
「まずは、ご覧いただきたく」
そう言うと、ルーハンは両手を軽く打ち合わせた。庭に乾いた音がひびく。すると立木の向こうから、数名の者が現れてこちらに歩いてくるのが見えた。
(なんだ……?)
異様なその集団の様子を見て、俺は思わず眉間に皺をたてた。
いかにも武官らしい出でたちの数名の魔族の男らが、小柄な少女を引き立てるようにして連れて来たのだ。彼らが進むたび、がちゃり、じゃらりと奇妙な音がする。俺はハッとした。
ちらりと見れば、少し離れた場所で翼を休めているガッシュが、さも嫌そうな目をしてそちらを見、すぐに視線をそらしたのがわかった。相当に不快そうである。
それもそのはずだった。
男らに連れられてきた少女は、両手に木製のごつい手枷をかけられていた。首にはいかつい金属製の首輪がかかり、そこから太い鎖がつながって、一人の武官の手に握られている。
少女は白い肌をしており、魔族なのか人族なのかは判然としなかった。が、特徴的なのはその耳だった。長めで白い髪の間からほわほわと生え出ているのは、ウサギそっくりの耳だったのだ。どうやら尻のあたりにも、ほんわりとウサギの尻尾があるらしい。
その目はあのフリーダのものとはまた違う、真っ赤な色をしていた。
まさにウサギ。
レティは猫の形質をもつ猫族だが、これはウサギの形質をもつ、いわば「兎族」とでもいうべき種族なのだろうと予想された。
異様なのは、その姿ではなかった。
少女はこの地域で普通にみられるような、短い単衣の衣を身にまとっているだけだ。足もとは裸足。怪我をしているような様子はないのだが、彼女は痩せている上に、ひどく弱って見えた。
なにより、その目にまったく生気がない。
紅く澄んだ瞳はただ、ぼんやりと周囲の景色をうつしているだけで、そこからなんの感情も読み取ることはできなかった。放心している、といったほうが正しいのかもしれない。
「この者が……なんだというのでしょう」
俺はある程度の返事を予測しつつも、押し殺した声でルーハンにそう訊ねた。





