表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/225

15 譲位の儀


「ぎっ……ひぎゃあああっ!」


 真野の悲鳴が響き渡った。

 ぼとりと視線の先に落ちたのは、真野の右手、肘から先の部分だった。

 真野が再び床を転げまわって叫び散らす。「この、クソがあ! ぶっ殺す!」等々、とにかくありとあらゆる口汚い罵倒を吐き散らかしている。先ほど彼を治癒したはずの女たちは、みな壁や床に叩きつけられたままのびている。今回は誰も、真野を治癒する者はいなかった。

 こちらの連合軍の小隊は、俺たちを少し遠巻きにしてじっと成り行きを見守っている。

 俺は無言で真野に近づいた。ちゃき、と<青藍>を構えなおす。

 真野が血走った眼を上げた。


「うぐ……っ。日向……」


 片腕をおさえながら、どうにかこうにかよろよろと立ち上がり、悪鬼のごとき形相で俺を睨みつけてきた。ひどい痛みなのだろう。ふうふうと肩で息をしている。その顔は冷や汗でびっしょりだ。

 俺はさらに、ずいと彼に近づく。

 真野は片頬をにやりとゆがめた。


「ほんとに、()るのか。お前」

 それは、不思議に諦念を浮かべたかのような声だった。

「さすがの『超クソマジメ・理性野郎』のお前でも、女の子たちをブッ殺されたらそーなるんだ。……ふん。ちょっと、安心した」


 ふへへ、と変な笑い声を立ててにやにやしている。

 何を言ってるんだ、この野郎は。

 頭のどこかでそんな台詞が聞こえた気がしたが、俺はほとんど、真野の言うことなど聞いてもいなかった。ただのろのろと<青藍>を持ち上げて、じりじりとそちらに詰め寄っていく。

 あと三歩ほどのところでぴたりと止まり、耳の横、突きの姿勢で刀を構えた。

 真野は感情の乗らない変な目をして、そこらに落ちているゴミでも見るように俺を見た。何もかも、心底どうでもよさげな顔だった。

 そこからぐるりと周囲を見回し、一度じろりとマリアを見てから、また視線を俺に戻す。


「……ふん。つまんねえ」


 肩を下げ、ちょっと首をかしげるようにしてせせら(わら)う。


「つまんねえから、最後にいい土産をやるよ」

「…………」


 構えた刀はそのままに、俺はぴくりと眉を動かした。

 真野は痛みをこらえつつも、決してその顔から皮肉げな笑みを取り去らなかった。

 そのままゆっくりと口を動かす。


『魔王マノンの名に()いて。汝、青の勇者ヒュウガに命ずる』──。


(なに……?)


 真野の声は、今までのものから様変わりしていた。

 それは天上のどこか、あるいは地の底から響いてくるような不気味な韻律を伴っている。

 非常にいやな予感がした。これは、あの勇者の「呪文」に酷似している。

 しかし、真野の口は止められなかった。

 <青藍>を振りかぶろうにも、今この瞬間、俺の身体は凍り付いたように動かなくなっていた。恐らくその「呪文」の作用だろう。それは周囲のほかの面々も同様らしかった。


『汝を次代の魔王と()さん』


(なんだと……!?)


『はや、()く疾く我を(しい)すべし。もって王位継承の儀を成就せしめよ……!』


 俺をはじめ、周囲の皆が絶句している。

 と、次の瞬間だった。

 俺の身体と手にした<青藍>が、導かれるようにするすると真野の体に吸い寄せられた。


(なっ……)


 なんの抵抗もできなかった。

 俺の身体は、当初自分がそう意図していた通りに、ごくごく(なめ)らかに動いた。すなわち、その刀身がまっすぐに真野の胸に吸い込まれて行った。なんの滞りも感じなかった。


「くっ……。真野……!」


 刀身の真ん中あたりまでをずっぷりと胸に差し入れられて、真野は満足げに笑っていた。間近から俺を見返し、また「ひゃははは」と気持ちの悪い笑声をあげる。血走った目がひどく楽しそうにぎらぎらと光っていた。


「これで……まあ、()()()()さ。お前もせいぜい、()()()()()()自分を楽しめ」

「な、にを──」


 なにを言ってる。

 こいつは、なにを言ってるんだ……!

 魔王になる?

 この俺が……?

 そんなもの、お断りに決まっているだろうが。


 と思う間にも、真野の身体からしゅうしゅうと黒い霧が発生しはじめた。その体の末端から、細胞が見るみる黒い炭のようなものに変化し、あっという間に粉末になって霧散していく。


「まて、真野! お前っ……!」

「バイバイ、ヒュウガ。こっちでせいぜい、めちゃめちゃに苦労しやがれ」


 じゃあな、と言ってにこりと笑った、その顔は意外なほどに無邪気に見えた。あちらの世界で普通にされるような「バイバイ」という感じで手を振っている。それは憑き物が落ちたようにさばさばと、奇妙に爽やかなほどの笑顔だった。


「真野っ……!」


 俺のその叫びを最後に、真野の姿はそこから消えた。

 ぶわっと一瞬わきおこった強い竜巻のようなものが、周囲によどんでいた真野の身体だったものを吹き飛ばしたのだ。

 俺は呆然と周囲を見回した。

 床に倒れたレティとライラ。少し離れたところにギーナ。そのそばに、相変わらずニコニコ笑ったままでシスター・マリアが立っている。さらにそれを取り巻く形で、連合軍や赤パーティー、緑パーティーの面々が俺をじっと見つめて立ち尽くしていた。

 すでにキメラ二頭は(ほふ)られている。

 だが、場には以前のものよりもずっと緊張した不穏な空気が漂っていた。


「……で、いかがなさいますか。ヒュウガ様」


 張り詰めた沈黙を破ったのは、マリアだった。

 女は相変わらずの穏やかで慇懃な態度のまま、しずしずとこちらへ近づいてきた。


「正式な『譲位の儀式』が完了してしまいましたけれど。……新しき『魔王』の座に就くお気持ちはおありなのですか?」

「まさか。……何を、バカなことを」


 吐き出すようにそう言った。

 何が、魔王の座の継承だ。そんなもの、頼まれたってなるつもりはない。何を勝手に、人を「魔王」なんかに仕立て上げようとしているんだ。真野は何を考えている……?

 

「……左様ですか」

 マリアの笑みは深くなった。そうして、足もとに倒れた女性たちをちらりと見やった。

「では、こちらの女性がたも、もはやこれまでということにございますわね」

「なに……?」


 驚いて目を上げた途端、俺とマリアの周囲に、先ほどよりはずっと小さな円筒形のシールドが発生した。中には俺とマリア、それに倒れている女性三名のみが残される。

 外側にいるガイアやデュカリス、フレイヤたちが慌てて近くに走り寄ってきたのだったが、そのシールドを破ることはできないようだった。


「どういうおつもりなのですか、シスター」

「あら。まだそうお呼びくださるのですね」


 マリアはただそう言って、嫣然と微笑んだ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ