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13 魔の鎌


(まさか──)


 目を剥いた俺を見て、真野は満足げににたりと笑った。


「じっくり見とけ。お前の奴隷女どもの最期をな……!」


 そう言うなり、真野は片手をさっと振った。俺は反射的に飛び出した。言うことをきかない身体を叱咤し、もつれる足を引きずって、どうにか鎌と彼女たちの間に割ってはいる。

 ぶおん、と巨大な鎌が二人に向かって振り下ろされてきた。


「くっ──!」


 <青藍>の切っ先が、どうにかその鎌に触れた。

 だが、それだけだった。

 鎌は俺の身体ごと<青藍>を弾き返した。俺は十数メートルも吹っ飛ばされて、円柱の一つに背中から激突した。


「ぐ、はっ……」


 凄まじい衝撃。普通の人間であったなら、到底無事ではいられなかっただろう。それでも五体満足でいられたのは、すべて勇者の鎧の賜物だった。俺は呆気なくそこからずり落ちて床に叩きつけられた。

 目を上げれば、鎌は再び振り上げられている。先ほどの俺の「悪あがき」で、どうにか軌道をずらせたらしい。レティとライラはまだ無事だった。

 しかし二人はいまだ空中に縫い留められてどうにもできず、ただもがいているだけだ。

 容赦なく、第二撃が振り下ろされる。


「やめろっ……やめろおお────っ!」


 俺の叫びなど、虚しかった。

 真野は耳まで裂けるかと思えるほどに口をひき開け、満足そうな笑みを浮かべた。凄惨そのものの、残酷な笑みを。

 ビュオッと鈍いうなりをあげて、巨大な鎌が振り下ろされてくる。

 俺は思わず、顔をそむけた。見たくなかった。

 レティとライラの首が飛ぶところなど。


 鈍い衝撃音がして、がしゃ、ばたんと何かが床に落ちてきた。

 目を開くと、レティとライラが床に転がっていた。どうやら首は飛ばされていない。俺はほとんど這うようにしてそちらに近づいた。

 果たして、レティとライラにはまだ息があった。

 しかし、ただそれだけだった。


 彼女たちの着ていた金属鎧はひしゃげ、引き裂かれ、所によっては無残にどろりと溶けていた。二人ともざっくりと胴を割られている。

 レティは腹のあたりを横ざまに、ライラは胸元を袈裟に斬られていた。ライラの片腕はぶらぶらになっており、今にもちぎれてしまいそうだ。二人を中心にして、床にまるでインクのように真っ赤な液体が広がり始める。


「ライラ……レティ!」


 俺は<青藍>を放り出し、彼女らの間にうずくまるようにして、夢中で二人の頭を抱きかかえた。


「ヒュ、ウガ……さま」

「……ガ、っち……」


 二人にはまだ、どうにかこうにか息があった。しかし二人とも、今にも息絶えそうだ。ひしゃげた鎧の隙間からズタズタになった衣服と体が見えている。それぞれにおびただしい血しぶきが飛び、口からも激しく血を吐いて、二人とも真っ赤に汚れた顔になっていた。

 俺は背後に向かって絶叫した。


「シスター! 早く! 二人にヒールを!」


 が、返事はない。

 振り返ると、マリアは先ほどとまったく同じ姿勢のまま、倒れたギーナの脇に立ち尽くしていた。その頬に、言い知れぬ微笑みを浮かべたまま。


「シ、シスター……?」


 そこで俺は、はじめて気づいた。

 マリアはほんのわずかもギーナに<ヒール>をした様子がない。ギーナは相変わらず床に倒れ伏したままで、無残な傷もそのままだった。その体はぴくりとも動かない。

 まさか……もう。

 背筋にぞくりと、冷気を覚えた。


「シスター! なにをなさっているのです。早く! 早く、皆にヒールを!」


 俺がどう叫んでも、マリアはその頬に気味の悪い笑みをはりつけたまま、こちらをじっと見ているだけだった。

 混乱した。

 どういうことだ。

 一体、なにがどうなっている……?


「アホか、ヒュウガ」

 千々に乱れる俺の思考を遮ったのは、ガラスのような真野の声だった。

「まだ、そいつが俺たちの味方かなんかだと思ってんの? だとしたら、勘違いもいいとこだぜ」

「なに……?」

「そいつは『創世神』の(しもべ)……どころか、『そのもの』って言っていいヤツなんだ。この土壇場で、面白い観察対象の『ラット』がどんな顔で泣きわめくのか、ズタボロになって殺されんのか、見たくてしょうがなかった奴なんだぜ? <ヒール>なんて、するもんかよ」

 真野の声は、完全に冷笑する者のそれだった。

「なんだって──」

「なんでかは知らないが、オレには最初からそう言ってたぜ。もちろん、そこにいるのとは違う『マリア』だけどな」

 その声はどこまでも冷ややかだった。

「多分だけど。オレとお前をやり合わせて楽しむのが、今回の最大のエンターテインメント。クライマックスだったんだろうよ。そいつにとっては、な」


「す、みませ……」

 か細い声がして、俺はハッと自分の腕の中を見た。

 ライラとレティが血みどろの顔で、俺を必死に見上げていた。

「ヒュウガ、っち……。ごめ、ね……?」

「レティ──」

「ライラっち……一生懸命、弓の練習してたにゃよ? ヒュウガっちに迷惑、かけられないからって……ちょっとでも、役に立ちたいから、って。だから、怒らないで──」

「そんなこと──」


 そんなこと、思うものか。

 こんなことに巻き込んで、こんな目に遭わせまいと……そう思って、二人を戻らせたはずだったのに。


「でも……来たかったのにゃ。ライラっちも、レティも……ヒュウガっちと離れるの、ほんとうにイヤだったにゃ。ずっと一緒に……いたかったのにゃ」


 次第にその声から力がなくなっていく。

 レティは(むせ)て、げほっと真っ赤なものを吐き出した。二人とも、急激に顔色が悪くなっていく。ライラの顔は、ほとんど真っ白だった。


「信じて、くださいますね……? これで」

「なに……? 何を──」


 俺は必死で二人の体を抱きしめ、耳を寄せてそばだてた。

 そうしなければならないほど、二人の声はか細くなっていた。


「ちゃんと……これが、わ、たしたち、の──」

 ライラがうっすらと笑いながら、ごくわずかに唇を動かした。

「本当、の……気持ちだ……って」


(……!)


 その言葉が、全身を貫いた。

 そんな。

 ……そんなことが。

 勇者の「奴隷」として押し付けられた、勇者を無条件に慕う感情。それゆえに俺に向けられた好意なんだと、ほかに理由なんかないと、はじめのうちこそ思っていたのは確かだが。

 そんなもの、今になってはどうでもよくなっていたのに。

 俺が彼女たちを遠ざけたのは、その心を疑ったからなんかじゃない。

 俺はただただ、彼女たちを危ない目に遭わせたくなかっただけだ。


 大切だから。

 大切だったからだ。

 だから決して、こんな風に傷つけたくなかった。

 ……なのに。


「ごめ、にゃ……。けっきょ、く……足手まといに……なっちゃったにゃ」

「す、みませ……力、不足で」

 力なく、レティが泣き笑いの顔になる。ライラも涙を流している。

「やめろ。もういい。しゃべるな、二人とも──」

 言って俺は、すぐさま手元に<治癒(ヒール)>用の<魔法薬(ポーション)>を現れさせた。

「頼む。飲んでくれ。早く……!」


 薬を二人の口元にあてがうが、指が震えてうまくいかない。彼女たちのほうでも、もうそれを飲み下す力が残っていないようだった。二人とも、ろくに口に含めないで口の脇から薬を(こぼ)してしまう。

 やがてレティが、ぶるぶると体を震わせ始めた。次いで、ライラが。


「寒い……にゃ。もう、ヒュウガっちの顔……見えない、にゃ」

「ヒュウガ、さま……」

「痛い、よう……ヒュウガっち。暗いよう。なんも、見えないよう……」

 レティが子供のような泣き声で言う。

 俺は二人を抱きしめた。

「ライラ! レティ……!」


 いやだ。

 だめだ。

 こんなことで、失われないでくれ。

 お願いだ。


 二人の顔が熱く歪んだ。

 ぼろぼろと零れ落ちた熱い雫が二人の顔に落ちかかる。

 苦しげだったレティとライラの顔が、それで不思議にふわりと笑ったようだった。


「……えへ。な、泣かにゃいで……? ヒュウガっち」

「う……れしい。ヒュウガ、さま──」


 そうして、最後の最後。

 二人はほとんど同時にこう言った。



──ダイ、スキ──。




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