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12 再会


「にゃにゃ──っ! ヒュウガっち、しっかりするにゃ──!」

「立ってください、ヒュウガ様っ……!」


 ここで聞こえるはずのないふたつの声が、高らかにそこに響き渡った。

 それと同時に、この世のものとも思えないような悲鳴が聞こえた。


「ギャ……アアアアァ──ッ!」


 どさ、ばたんと重いものが上から転げ落ちるような音。

 俺はどうにか踏みこたえ、<青藍>を床に突き立てて体勢を保った。すでに(ただ)れて見えなくなりかけている目を必死に開き、声のした方を見る。


(なに……?)


 幻ではないかと思った。

 たった今まで階段の中ほどに立っていた真野が、両手で顔を押さえ、ぎゃあぎゃあわめき散らしながら床の上を転げまわっている。その指の間から、ぬっと一本の矢じりが見えた。どうやら、片目に突き刺さっているらしい。抑える指の間から鮮血が滴っている。

 そして。

 真野から少し離れた位置に、やや小柄な白銀の鎧姿がふたつ。

 一人はその手に狂暴な猫の爪を生やし、もう一人は小ぶりな弓を手にしている。

 その弓には、見覚えがあった。


(まさか……)


 と、ぱっと二人がこちらを振り向き、顔を覆った兜の前立てを上げ、大急ぎで駆け寄ってきた。

 がちゃがちゃと、彼女らの着ている金属鎧の音がする。


「大丈夫ですか、ヒュウガ様!」

「しっかりするにゃ。レティたちが来たからにゃー、もう大丈夫なんにゃからねっ!」


(な……に?)


 俺は呆然と、鎧姿の二人を見つめた。

 レティと、ライラ。あの時、帝都へ戻らせたはずの二人が、なぜか目の前にいた。


「いったい、どうして──」

「ずっと、ついて来てたんにゃよ? 気付かなかったでしょ、ヒュウガっち」

 レティがちょっと得意げな顔で鼻の下をこすっている。

「フリーダ様とデュカリス様に、相当、ご無理を言ってお願いしてしまったのです。どうしても、どうしても……ヒュウガ様のことが心配で」

「レティたち、『恋のキューピッド』にゃ。ライラっちと二人して、あのあと、あの二人にめっちゃめちゃ恩着せたのにゃ。『こんだけお手伝いしたんにゃから、こっちも助けてにゃー!』ってにゃ。()()()の勝利にゃ!」


 何をやったのかは知らないが、大体の察しはつく。ミサキの(くびき)から解き放たれたとは言え、あの真面目なデュカリスとフリーダは、その後も相当ぎくしゃくしていたことだろう。それをどうにかこうにか取り持つ役目を、この二人が担ったということらしい。

 レティが得意げにガッツポーズをする横で、ライラはかなり申し訳なさそうに首を縮こまらせた。


「その……。勝手なことを致しました。どうかお許しくださいませ」


 見れば、先ほどまで周囲をとりまいていた分厚い円筒形の魔力のシールドは消え去っている。どうやら真野が俺との戦いに夢中になるあまり、そちらから意識をそらしてしまったということらしい。

 巨大な二頭のキメラたちはまだ健在だが、どうにかこうにかこちらの兵らで相手をしているようだ。満身創痍で相当に疲弊している。こちら側の負傷者も多そうだったが、魔獣は全身黒焦げで牙や翼を折られ、前足からぼたぼたと黒い体液を滴らせている。

 剣をかざしたガイアとデュカリスが先頭に立ち、後衛のウィザードたちが凄まじい魔撃を放って、今やようやく相手を沈黙させようかというところまで来ているようだった。

 彼らはそちらにかかりきりだ。

 どうやら、レティとライラだけはシールドが消滅したことに気付いて、こちらに来てくれたということらしい。


「さ、ヒュウガ様。ひどい傷です。すぐにシスターに──」


 ライラがそう言って、俺の肩に手を掛けようとした時だった。

 彼女たちの背後から、ほとんど奇声のような叫びがあがった。


「きっ……さま、らあアアァ──ッ!」

 

 真野だった。

 真野は周りの女たちに助け起こされて矢を抜かれ、早くも<治癒(ヒール)>をしてもらっている。すでに血は止まったようだ。

 そして周囲に、あっという間に元通りにシールドが張り巡らされる。キメラと自軍の兵らの先頭による騒音が、嘘のように聞こえなくなった。


「許さないぞ。お前ら……お前らああアッ!」


 真野の顔にはレティの爪によるものらしい醜い傷と、ライラの矢によって潰れた片目が、まだ生々しく残っていた。周囲の女たちの<治癒>はまだ追いついていないらしい。片方だけになった蜥蜴の瞳が、あらんかぎりの憎しみを迸らせて俺たちを睨みつけている。


「ひゃっ……?」

「きゃあっ……!」


 彼女たちを背後に庇う(いとま)もありはしなかった。

 真野がぐいっと腕を振った次の瞬間、ライラとレティの身体はまるで、ぬいぐるみか何かのように軽々と空中に持ち上げられてしまっていた。

 白銀の鎧姿の二人の少女は、高々と五メートルほども持ち上げられ、そこで虚しくもがいている。


「はっは! 『飛んで火にいる夏の虫』って、お前らのことだよなァ! バカだねえ。いーいところに来てくれたぜ!」

「やめろ、真野! なにを……!」


 <青藍>を杖がわりに再び立ち上がろうとするが、体に力が入らなかった。腕も足も、まるで他人のもののようだ。なんとか片膝をついた形で上を見上げるぐらいのことしかできない。


「うるせえ! お前は黙って見てろ」


 そう言うなり、真野はその片手に真っ黒な魔力の球を作り出した。それが見る見る膨れ上がり、形を変えて、しゅるっと巨大な鎌になる。

 それはまことに、禍々(まがまが)しい鎌だった。

 でろでろと黒や紫色をした霧のようなものをまといつかせ、いかにも生者の命を欲しているかのような不気味な重い邪気を放っている。


(まさか──)


 目を剥いた俺を見て、真野は満足げににたりと笑った。


「じっくり見とけ。お前の奴隷女どもの最期をな……!」



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