10 激突
「くはっ。まーだ迷ってんのか。剣先が鈍ってるぜ? 『勇者サマ』」
小馬鹿にしたように口元をゆがめ、「魔王マノン」が嘲笑った。
真野はもはや、攻撃の手をゆるめるつもりはないようだった。そのまま両手を横に広げ、低く何かの呪文をつぶやく。すると彼をとりまくように、紫の光球が現れた。先ほどとはまた違う魔撃なのだろう。
光の玉はひゅんひゅんと彼の周囲を飛び回り、やがてランダムにこちらに向かって突進してきた。
「<毒霧>!」
ギーナがひと声そう言って、似たような光球を作り出し、手にした煙管をぐんと振った。途端、現れた光球が次々に相手の攻撃にぶつかってはじき返し、霧散させる。
と、漏れたひとつが俺に向かって真っすぐに進んできた。
「──ハッ!」
過たず<青藍>を一閃させると、光球は四散した。即座にギーナが俺の前にシールドを張る。
真野が小さく舌打ちをした。それでも顔は醜く歪んだ笑みを浮かべたままである。
「ふん。そのおねーちゃん、結構いい仕事するね」
「……褒め言葉と受け取っておく」
俺は表情も動かさずにそう答えた。真野が皮肉げに苦笑する。
先ほど真野の体にしなだれかかっていた女たちも、一応はウィザードであるらしい。真野の背後に立ち、彼に魔力を供給したり<防御魔法>を掛けたりしているのが分かる。
が、彼女たちのウィザードとしての能力はギーナとは比べるべくもないようだった。魔力もはるかに少ないらしい。
要するに、彼女たちは真野の「慰みもの」としての資質さえあればいいと、そういう基準で選ばれただけの者たちらしかった。いや、あるいは魔王であるマノンにその魔力を吸い取られ、疲弊しているだけなのかも知れなかったが。
だが、だからといってこちらが優勢かと言えば、まったくそうではなかった。事実は逆だ。
こちらには、もと緑パーティーのフレイヤ、サンドラ、アデルがいない。分厚い魔力の壁に阻まれて、彼女たちとは分断されてしまっている。彼女たちの火力とバフ、それに魔力の供給魔法がない状態では、どの道ジリ貧になるのは目に見えていた。
実際、次々に繰り出される魔王の魔撃によって、俺たちは少しずつ疲弊していった。細かい魔撃はすでに、俺の顔や鎧に数えきれないほどの傷を作っている。それはギーナも同様だった。彼女の身に着けた薄絹やマントはあちこちにかぎ裂きができ、褐色の肌のあちこちに血が滲んでいる。
ちなみにマリアはと言うと、不思議なほどに平和な顔で少し離れた背後にじっと立っているばかりである。本来であれば彼女は、俺やギーナに細かく<治癒>を使い、様々の援護魔法を唱えるはずの立ち位置のはずだった。
しかし今、マリアはほぼ完全にこの戦いの「傍観者」を決め込んでいるようだ。周囲には彼女のみを守るシールドが張られ、俺と真野との戦いを瞬きもせずに見つめている。
俺たちは次第にじりじりと後ずさり、真野と距離を取らざるを得なかった。
<戦士>は、基本的に接近戦を旨とする。遠隔攻撃をもつ相手に対しては、いかに早くその懐に飛び込んで必殺のスキルを叩き込むかが勝負なのだ。
しかし今、俺は彼に近づくことも叶わなかった。
「<電撃嵐>」
真野が落ち着き払った声で詠唱すると、彼の周囲に文字通り電撃の大嵐が発生した。ばちばちとプラズマを迸らせ、あまりの明るさのために視界がフェードアウトしそうになる。真野自身の姿もその光に遮られ、おぼろげに真っ黒な影が見えるだけになった。
次の瞬間、それら雷の刃がうわっと周囲の空間を埋め尽くし、一斉に俺に向かって発射されてきた。ギーナの張っている魔力のシールドが、それでもそのうちの半数は弾き返したようだった。
しかし、残った魔撃はシールドに突き刺さり、びりびりとその身を震わせて、やがてじわじわと突き抜けようとし始めた。
「く……!」
尖った魔撃の先が明瞭に見える。見えるが、それとそれを自分の刀で排除できるかどうかは別の問題だった。ギーナによる攻撃用の<バフ>つきとはいえ、今の<青藍>で薙ぎ払えるのは、一振りでせいぜい百かそこいら。ここにフレイヤやサンドラ、アデルの魔法が乗っているなら、一撃で粉砕できるはずだったのだが。
今は、それも無理な相談だった。
だとすれば、残った雷の矢は自分の身体を貫くしかない。俺が避ければ、それはまともに背後のギーナに当たってしまう。それだけは避けなくてはならなかった。
と。
ブプッ、と奇妙な音を発して、魔撃がシールドを突き破った。
百本、いや、数百本。
俺はブン、と<青藍>を振りぬいた。
(くそッ……!)
「ヒュウガ!」
絹を引き裂くようなギーナの叫び。
それが聞こえたのと、魔撃数百本が俺に襲い掛かったのは、ほぼ同時だった。
どすんと体側に激しい衝撃を受けて、ハッとする。気が付けば、俺は床に転がっていた。自分の身体に重みを感じてそちらに目をやる。
息を呑んだ。
「ギーナ……!」
あろうことか。
ギーナは俺を後ろから突き飛ばし、その上に覆いかぶさっていた。彼女の服はズタズタに裂け、ひどい裂傷と火傷がその肌を覆い尽くしている。美しかった髪がちりちりと焦げ、顔にも醜い火傷のあとが広がっていた。
「ギーナ! なんてことを──!」