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答えのないミステリー(掌編)

擬人化という名の女

作者: 檸檬 絵郎

黒井羊太さま主催の「ヤオヨロズ企画」に出しますが、これはちょっと違うかも……?


[追記(2018/3/26)]

「答えのないミステリー」ということで、黒井さまの擬人化企画のなかでは異質な作品ですが、一応、黒井さまのオッケーはもらえました。……と念のため記しておきます。


  擬人化という名の女




 ゆらりゆらり。

 なにかと思えば、黄緑色の光を浴びたカーテンが、視界の端にゆれていた。



 しかいのはし……



 僕はベッドの上にいた。重いような、軽いような、不思議な感覚。

 さっきまでは、別の場所にいたはずだ。不気味な光のまわる、泥だらけのぬかるみ。突然、赤い光がまわって、真っ白なシーツへ投げ出された。水はさらさらと流れて、ときどきピーッと音が響いて……、気がついたら僕は……


 気がついたら……、そうか、僕は今、目が覚めたんだ……。





 その人の声はとても自然で、僕は自分の置かれた状況を……つまり、ここが病室で、僕以外のだれかが壁にもたれかかって僕を見ているという状況を……きちんと把握できていなかったにもかかわらず、驚くほど冷静に、僕はその声にふりかえることができた。

 それはたとえば、静かな空気の中に、すみきったウグイスの鳴き声がにじんでくるような……その場所にあるのが当たり前で、違和感のまったくない存在として、僕の耳へと届いた。



 それから僕は、彼女……その人は茶色い髪の女の人だった……と話をした。最初のうち、なにを話したかは、あまり覚えていない。けれど、僕がなにかおかしなことを言って、彼女がくすくすと笑ったのを見た……そんなことは覚えている。あとは、彼女の瞳が茶色かったこと、指の先が白かったこと、声が少し、かすれていたこと……、そのときに感じたことなのか、あとから想像したイメージなのか。曖昧なその記憶は、なぜか明確な線を描いて、彼女をくっきりと想い起こさせる。



 何気ないことを話しおえてから、僕は彼女に、ふたつの質問をした。


 僕はなぜ、ここにいるのか……


 これが、ひとつめ。

 彼女の表情は謎めいていた。冷たいほほえみ……でも、川の水はいつだって冷たい。転んだときに傷口をすすごうとした水道水だって冷たかったのを、僕は覚えている。

 くちびるが乾いたのか、彼女はぺろりと舌を出して、上下のくちびるではさんで、またひっこめた。しんとした映画館で、ちょうどよく編集された音声が聴こえてくるような……自然だけれど作り物……作り物だけれど心地いい……そんな音がした。彼女がなんと答えたのか、残念ながら、僕は覚えていない。



 ふたつめの答えは、覚えている。


 あなたは、だれなんですか……


 この問いかけには、彼女は笑って答えてくれた。


「私? ……擬人化」


 え、と僕は返したけれど、彼女は笑って、また答えた。


「私は擬人化……」




 そのあとの記憶は、あまりない。気がつけば、僕は病院を出ていて、うちの台所へ立っている。冷蔵庫を開けて、卵をといてご飯へかける。カーテンから差し込む日差しに、新緑しんりょくの香りを感じる。……それは、春のおわりでもある……。


 かばんを持って玄関を出ると、いつのまにか電車へ乗っていて、気がつくと人と話をしていて、なにかの打ち合わせをしていて……、湯船につかって、彼女のことを、ふと思い出していた。


「私は、擬人化……」


 ぶくぶくと、鼻までつかったお湯のなかからふきだすあぶくの音は、希望とも絶望ともつかない……どちらかというと軽く明るい……、そんな音に聴こえた。






「答えのないミステリー」作品です。

まあ、「擬人化」っていうくらいだから、人ではない「なにか」なんでしょう。



とでも言っておきましょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 擬人化という概念の擬人化でしょうか。これは確かに答えを見出せそうにありません。擬人化となればいかなるものも適応できそうなものですが、それだけ自由度が高いために何を当てはめてもしっくりとこな…
[一言] なんの擬人化なのか気になりますよ(笑)
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