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episode1:Nighthawks 3

 「そのタバコうまいっすよね。俺も同じやつなんですよ」

 なんてナチュラルな会話だろう。友人に語りかけるように自然だ。

 だが、敵の反応は穏やかで無い。

 「そ!、そぉですね!」

 こちらがギョッとするような勢いで、女は声を上げた。

 やっぱりね。目を合わせようともしない。今にも大声を上げて逃げ出すんじゃないか。そんな不安が脳裏をかすめる。


 まずい。会話を広げなくては。

 「ここ雰囲気いいよね。あの藤棚とか今の季節は綺麗だし」

 俺も俺で少し上擦った声になってしまった。

 しかも何言ってるんだ、なんて雑な会話の入り方だろう!これじゃあまるでナンパじゃないか。

 ところが意外なことに、相手はほんの少しだけ警戒を解いたようだった。若干の沈黙の後、先ほどよりもやや落ち着いた声が返ってきた。

 「そうですね。人もいないし。あ、あとあそこの藤棚ってけっこう有名みたいですよ。今年の綺麗なキャンパスがある大学ランキングで上位でしたし」

 「へえ、知らなかったよ」

 言ってみるものだ。

 なんだ、会話が成立してるじゃないか。

 「あと物凄く静かですよね。ここ。考え事するにはちょうどいいですね。れ、レポートとか」

 「ああ。すごくよくわかる」

 全くその通りだと思う。


 女は未だに警戒しているようだったが、声には緊張の色が消えてきた。しかし、よくよく聞いてみると見た目よりは幼い声をしている。まあ些細なことか。

 俺は組んでいた腕を解くと、すこし姿勢を相手に向けた。ついでに長くなったタバコの灰も落とした。

 「あのう、よくここで吸ってるんですか?」

 女も姿勢をややこちらに向けてきた。

 「どうだろ?月に1回くらいかな」

 ああ、よかった。変質者疑惑は晴れただろうか。

 向こうから話題を広げたということは、世間話としては立派に成立していることだろう。そっと胸を撫で下ろす。


 しかし、変なことを聞くものだな。なぜならこの大学に喫煙所は3箇所しかなく、1人で吸うんだったらこの場所しかないからだ。あとの2つはサークル棟と大学院前に設置されている。サークル棟は軽音楽部が24時間占拠していて近寄りがたい。大学院前もまた小難しい顔をした院生たちが議論の場として使っているせいで落ち着かない。

 俺はほんの少し頭を回転させて答えを出した。

 ああ、時間か。

 いつも夜遅く吸いに来ているなら今まで一度も会わないのはおかしい。

 「たまになんだけど、夜ここに来ると落ち着くんだ。気分転換ってヤツ」

 そう。多分こういう答え方が適切なはずだ。

 嘘は言っていない。万が一にもトイレから出てくる姿を見られないよう、日課が終われば大学を即刻立ち去るようにしている。けれども純粋に夜遅くまで大学に残ることもある。そういう時は確かにここで喫煙している。

 「月に1回……そうなんですか。確かに落ち着きますよね」

 女はなにかを確認するようにつぶやく。なにかこの会話の方向とは別のことを考えているようだが、その正体は掴めない。


 もう少しだけ情報が欲しい。比較的答えやすいことを聞いてみようか。

 「あの、何回生っすか?俺2回生なんだけどね」

 なんとなくタメ語で喋っていたが、喫煙しているということはもしかしたら上回生かもしれない。年上なら失礼だし、体育会系ならそういったことを気にするかもしれない。

 「……私も2回生だよ」

 少しの間のあと女は答えた。

 へえ、同じか。まあ浪人とかしてたら年は違う可能性もある。でもこれ以上聞くのは良くない気がする。

 「じゃあ普通の口調で」

 俺はニカッと笑って返す。今日1番の笑顔だ。


 それから数10分間、俺と女はくだらない世間話をした。

 火種が根元まで来たところでタバコを灰皿に押し当てる。

 俺が会話の間で3本ほど吸ったが、女は最初に吸って以降、新しいものに手をつけようとしない。あまり吸わない人なんだろうか。

 初対面にしては盛り上がった会話だと思う。けれども、なんとなく話題がなくなると、女の方が慌てた様子で別れを切り出してきた。


 「あーごめん、私もう帰らなきゃ」

 俺は思いの外弾んだ会話を惜しむ気持ちでいっぱいになった。けれども仕方がない。

 下宿なのか、実家なのか、昼間はどこにいるのか、また会えるだろうか。そんな疑問が公園の水飲み場の蛇口から出る水の様に噴き出た。

 俺はその勢いを喉仏あたりでなんとか止めて、発音までは至らせなかった。その代わり、と言ってはなんだろう。

 「じゃ、またな」という言葉が飛び出す。

 栄養ドリンクのCMみたいにハキハキと爽やかな声。

 なんだこの声は。これは俺の声だろうか。

 彼女はほんの少しはにかんで「じゃあ、またね」と言う。美声というわけではないが耳に残るいい声だった。

 俺たちは喫煙所から別々の方向へ出て行った。俺は駐輪場、彼女は裏門方向へ。

 別れ際に名前を聞こうと思ったが、尋ねなかった。

 なぜかはわからないが、知ってしまったら二度と会えない気がした。あと、お互いを知らない方がなんだかかっこいい。


 下宿に帰った後、俺は窓から夜風を感じながら今日起きた事を回想していた。

 なんだか今日はいい日だったな……だが、当初の目的を思い出した。

 そういえば……そうだったな。割とゲスい目標とあの子が最後に見せ笑顔が脳裏に浮かんだ。今晩のやり取りは俺が女を敵と認識して以来、初めて”会話”だった気がする。

 なんというか、あそこまで平凡な会話は久しぶりだ。なんていい子だろう。

 思い返せばハーフパンツから伸びる健康的で白い足、見た目に似つかわしい黄色く甘い声、丸みを帯びた臀部……。


 い、いかん。そうではない。俺のなかで彼女は敵認定からはずしてやろう。そう思う。それと同時にどうしても拭いきれない罪悪感が芽生える。






 でも今日はその子でオナニーして寝た。



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