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episode1:Nighthawks 2

 ああ、今日は収穫がなかったな。

 何がって?言わせんなよ。

 俺は誰もいない深夜のキャンパスをとぼとぼ歩き、いまいち晴れない気分を紛らわそうと喫煙所に向かった。


 俺の大学生活は不満だらけだが、こと喫煙に関してだけはそれなりに満足している。俺は半年前からタバコを吸うようになった。

 お気に入りのスポットはここ、大学の喫煙所だ。

 まずなによりも女率が低い。

 日夜戦いにいそしむ俺にとって、ここは数少ない安息の地であるといってよい。

 薄暗い喫煙スペースに近づき、ジャージのポケットに手を突っ込む。

 タバコの箱を取り出したところで、ライターをなくしていたことに気が付いた。

 原因は分かっている。

 1週間前、例の習慣でトイレに侵入した時、投げ入れたタバコの箱を回収するのを忘れてしまったんだ。タバコの箱は3~4本吸った後ちょっとしたスペースが空く。そこに100円ライターを入れておけばちょうど納まりがいい。最近はそういう風にしてタバコを持ち運ぶことを覚えた。

 今日まで下宿のコンロで火をつけていたので気にしなかったが、いかんせん今は外だ。

 どうしたものかと思っていたら、建物の影から煙が漂っているのが見えた。ラッキー。先客がいるようだ。ライターを貸してもらおう。

 だが、俺は煙の主の姿を確認した時、おもわず体を硬直させてしまった。


 ―――畜生。敵じゃねぇか。


 あまりにも予期しない遭遇によって、おもわず足が止まった。しかし硬直した動作を必死で隠し、ごく自然に相手を見た。大丈夫。ネット対戦型ゲームのラグみたいな一瞬だ。

 そいつは大学ではあまり見ないタイプの敵だった。髪型はきれいに整えられたショートカットで、顔面は化粧っ気がなくまあまあ可愛らしい。年は俺と同じくらいだろうか。そして、いかにも「青春してます!」といった明るいスポーツウェアを着ていた。部活の練習後だろうか。それにしてもスポーツバックも何もない。

 そして―――ああ、何よりも、敵は突然出くわした猫のように俺を凝視している。警戒しているんだろう。

 あーはいはい。分かってますよ分かってますよ。どーせ俺は不審者に見えるんだろうよ。ファック!

 ここまで見てしまった以上、何も言わないのは相手を警戒させるだけだろう。俺は努めて優しく声をかけた。

 「すみません、ライター貸してもらっていいかな」

 目的は明瞭。シンプルイズベスト。

 「……」


 一瞬、謎の間があった。女は俺の顔を不思議そうに見た後、はっとしてポケットからライターを慌てて取り出した。良かった。さすがにこれくらいのコミュニケーションは伝わったようだ。

 しかし「どうぞ」も「はい」もない。そっけなく半透明のライターを渡してきた。

 ……なぜ無言で手渡すのかについてはあまり多くを考えたくない。俺は手短に感謝の言葉を述べると、慣れた手つきで火をつけてライターを返した。


 半月に雲が掛かるころ、俺と敵は謎の距離を保ちつつタバコをふかしていた。ライターを手渡しで借りた以上、そこから変に距離を開けるのも不自然だ。かといってこれ以上近づくのもまたおかしい。

 ファック!なんで落ち着きに来たのにこんなに緊張しなければならないんだ。大体女はこんな時間に1人でいないだろ!こうなったら今夜はこの女でオナニーしてやろうか。くそ。

 俺はにわかに出現した新しい目標のため、見ないふりして相手をよく見た。

 するとどうだろう。この敵からは今日初めて会った感じがしない。どこかで見たわけではない。そう、よく知った匂いがするんだ。


 ああ、俺と同じ銘柄を吸っているな、こいつ。

 タバコには何十もの銘柄がある。俺がいつも吸っていたのは匂いに特徴のある種類で、知り合いの間でも吸っているのは俺1人だった。

 だからこそ気が付いた。そういえばさっき貸してくれたライター。コンビニで売ってるよくある100円ライターだが、同じ色だったな。この奇妙な偶然に、俺は表現しがたい親近感を持った。


 ところで誰に宣言するわけでもないが、言っておかなければならないことがある。

 それは俺にとっての敵とは集団で襲い掛かってくる奴らのことである、ということだ。個別にはまあ良いやつもいることぐらいは流石に俺でも知っている。

 同じ銘柄である程度で態度を緩めてしまう俺はしょせん寂しい男なのだろうか。

 まあいい。少しぐらい話してもいいだろう。相手に警戒されたままというのは癪に障る。

 大丈夫さ。勇気を持て。昨日の朝燃えるゴミと一緒に捨てた例のブツを思い出す。

 そう、もう俺は怖くないんだ。

 さあ、自然に語り掛けるんだ。さあ!!


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