episode1:Nighthawks 1
今日は最悪の日だ。
私の話を1㎜も聞かない友人の“恋愛相談”に3時間ほど費やした後、夕食後に両親に色々言われたからだ。
きっかけは家族で見たテレビ番組。内容は若者のSNSの使い方がどうの、というありふれた内容だった。
けど、お母さんは「ネットで恋愛とか危ないからだめよ」的なこと言ったし、お父さんは誰に言うでもなく、聞きかじった18歳の男女交際率をつぶやいた。
……私に彼氏がいないか知りたいようだ。遠まわしすぎて呆れるよ。
いないってば。クラスの男の子ともまともに喋れないのに。
あとで思ったけど、ここで「私はそんなのに興味ないよ」ってはっきり言えばよかった。両親に生返事で会話を切り上げようとしたのは完全に悪手だった。なぜか私のスマホの使い方まで話が飛んだ。出会い系サイトを使っていないかなんて詰問された。二人とも私をなんだと思ってるんだろう。
バカなんだろうか。
もう一度思う。
バカなんだろうか。
だけど今日はランニングの日。
私は話を強引に終わらせた。
部屋に戻るとスポーツウェアに颯爽と着替え、机の引き出しの奥にしまってあるサニタリーポーチを取り出した。あと、ああこれ。灰色のストラップのついた防犯ブザーもポケットに入れる。最近お父さんが私にくれたものだ。荷物が増えるは嫌だけど、今日はもう親と言い合う元気はない。お母さんにすぐ戻ると声をかけ、私は夜の街に飛び出した。
大学の建物が遠くに見える頃、走るペースをやや緩めた。
どうにも今日のことが頭から離れない。
なぜ私は自分の気持ちを素直に言えないんだろうか。
思えば私は昔から言いたいことが言えない子供だった。
長女の宿命かな?いつも何かを我慢をしていた。
そうして育った私は高校に入り見事に他人の目を気にする女になった。世間でいうところのキョロ充ってやつではないと自分で必死に否定してきたが、最近は抵抗するのも馬鹿らしい。ああ、なんで私ってこうなんだろ。
陰鬱な気分を取り払うかのように真夜中の林道を走り抜ける。
大学の裏門をくぐり喫煙所に向かう。
前来た時も思ったがこの大学はおしゃれだ。
レンガ作りの校舎は趣があるし、喫煙所の近くには藤棚がある。きっと昼間にはキラキラとした大学生たちがさわやかなキャンパスライフを送っているだろう。うらやましいなぁ。
いつものように周囲を探り、人気のないことを確認する。
よし。
私は宝物をそっと取り出し灰皿からやや離れて位置で火をつける。
コレよ、コレ。
私は今日起きたことをすっかり忘れたくていまだに慣れない煙を味わっていた。
タバコを根元まで吸いきる。私は灰皿タバコを落として一息ついた。
だんだんと今日起きたことに対して頭の整理がついてきた。友達の恋バナは話半分に聞く、お父さんとお母さんははっきり言い返す。
まあこんなものかな。
ぼんやりとしたまま、私は深夜の大学にポツンと立っていた。
ここに来るのはもう4回目だけど、ほっんと誰にも会わない。ふと周りを見渡すと、駐輪場にスクーターが止まっているのを見つけた。駐輪場には大型のバイクが何台か止まっていたが、そのスクーターだけはクラシカルな形をしていて、よく目立っていた。
その瞬間私はあることを思い出した。
昔見た映画なんだけど、その映画の中では男女2人がスクーターに乗っていて、女は後ろの座席で横に座って男性の腰に手を回していた。内容は大して覚えていないけれど、そのシーンだけは鮮明に覚えている。2人とも爽やかな笑顔だったからだ。
真っ白なブラウスと可愛らしいスカートを着て、かっこいい彼氏とデートするんだ。幼い私は無邪気にそう思っていた。
でもまずはスクーターに乗せてくれる相手かな。頭の中のもう1人の私がつぶやいてきた。
余計なこと言うなぁ……あーあ、急に現実に引き戻されると、さっきの陰鬱な気分が戻ってきた。
今日はもう1本吸おう。残りは10本だが、こんな日はまず自分の気分が大事だよ。
ところが、煙草に火をつけて一口吸った時、こちらに向かってくる人影が見えた。
貴重な時間を邪魔しないでよ。
私は反射的に喫煙所の隅に移動する。
喫煙所は建物と建物の間に設置されていて、逃げようと思えば逃げられる。けれど、不審な動きをするのはきっとよくない。ちょっとだけ暗がりに移動する程度にとどめた。
右手にはタバコを挟んでいる。
火をつけてしまった以上、すぐ捨てるのはもったいない。―――私はコンビニでタバコを買い足せる身分ではないのだから。