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episode3:野球は9回2アウトから 6

 家に到着し、いつものように風呂場に駆け込む。お父さんとお母さんはどうやら私が帰ってきたのに気がついたらしい。脱衣所から声が聞こえた。

 「何時だと思ってるんだ!?何かあったのか!?」


 ああ、うるさいな。そう思いながら、私は浴槽にうずくまる。シャワーヘッドについた水滴がいつ落ちるのかと、ずっと見守っていた。お父さんはまだ何か言っているようだったけど、私の耳には全く入らない。


 ぽつ……ぽつ……ぽつ……


 水滴は絶え間なく落ちている。私はそれを見つめた。さっきの涙となんとなく被る。

 涙、悲しい涙、悔しい涙、嬉しい涙、笑い涙、さっきの涙はどんな色?わからない。


 ぽつ……ぽつ…………


 いつしか徐々にその間隔は長くなり、ついには水滴は落ちなくなった。


 「本当になにもなかったんだろうね」

 ……私はハッとした。お父さんの声はいつのまにか怒号ではなく、優しげな、温かみのある声に変わっていた。


 お風呂場までは入ってこられなかったんだろう、ずっと脱衣所に立っていたようだ。

 そして、私はお父さんの言うところの「何かあった」の意味をゆっくりと理解した。

 「ううん。大丈夫。本当になにもないよ。今日はいつもと違うコースで走っただけ。お父さんの心配してるようなことはなかったよ。」

 「……そうか」


 「……お父さん」

 ―――なんでだろ、今なら言えそうな気がする。言ちゃおうか。言っちゃってもいいよね。

 「なんだ?」

 「お風呂あがったらちょっと大学のことで話があるんだけど、いい?」


 ―――これでいいのかな?まだ少し、わからない。

 「ああ。わかった。……あと、今度から遅くなるなら連絡しなさい」


 「―――はい。ごめんなさい」


 ガラッと扉を引く音がした。お父さんは脱衣所から出たみたい。私は浴槽から立ち上がった。


 ―――あれ?私はよろめき手すりにつかまった。どうやらふらついているようだ。

 のぼせたかな。いや違う。急に走ったせいだろう、ふくらはぎが張っているみたい。

 なぜ急に走り出したかだって?それはもう答えが出てる。でも答えは、重要じゃない。それよりも、これから何をするかが、大事。


 私は手早く着替え、ドライヤーを強にして髪を乾かした。

 いつもの半分くらいの長さで入浴を終え、お父さんとお母さんが待つ居間に向かった。私は踏み出した。その一歩は今日のどの一歩よりも力強い。


 ―――きっと、これで、いいよね。これで、いいんだよね?

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