episode2:ロマンチスト・エゴイスト 7
それは中年の警官が事務室に向かい守衛と何か話している時のこと。
青年の警官が俺たちの方へ向かってきたのだ。そいつは俺たちにこんなことを聞いた。
「捜査のために、今後君たちから事情聴取をさせてもらうかもしれない。連絡先と名前を教えてくれるかな」
俺は気が進まなかった。
容疑者じゃ無いんだから部屋を調べられるなんて事はないにしても、警官が下宿に来るのは嫌だ。
確かに俺はあの趣味をとっくにやめているし、例のブツに処分している。だが、どうしても気がひける。
幸いな事に今回は彼女がいる。彼女はこの事件に乗り気なようだし、彼女に期待しよう。彼女なら喜んで捜査に協力してくれるだろう。横目で彼女を見る。
が、意外なことに彼女は今までの調子から一変、なぜか怯えた様子だった。彼女もまた俺の方を見て、答えてくれ、といった様子だった。
「俺は別に言うのは構わないけど、君はどう?」
いや、俺は教えたくなんかねーよ!頼むから言ってくれ。
「う、うーん、こういう時は第一発見者が教えるんじゃない?」
彼女は目線を俺から外して言う。
どうしたんだ急に消極的だな。
なぜ彼女は言いたくないんだろう?さっきまであんなに乗り気だったじゃないか。
言いたくない理由はなんだろう―――俺に名前や連絡先を知られたくないから?そうだったら流石に凹むなぁ。
彼女は黙ったままで懇願するような表情で俺を見ていた。
ああもう、別にデメリットは無いはずだ。言ってしまえ。
「す、すみません。えっと名前は熊原直哉です。住所は新町の4丁目6番地の3、101号室。電話番号は090-XXX-XXX」
「はい、ありがとう。君の方も教えてくれるかな」
「あ、はい……」
しまった!俺だけじゃダメなのか。
彼女はびっくりした表情だ。
そして言葉を続けずに黙ってしまった。そこまで言いたく無い理由とはなんだろう?
「ん?どうしたんだい。ああ、捜査といってもそんなに長い時間はとらないよ」
青年の警官は優しげな声で的外れなことを言った。多分それが理由じゃねーよ。
彼女は縮こまってしまった。
黙ったまま時間がだけ流れる。警官もさすがに怪しみ始めた。
どうする、考えろ。
彼女が住所を言わないことはとりあえず置いておいて考えなければ。この場を切り抜ける策は―――
「あ、あの僕たち同棲してるんです。なんで住所は同じです」
こ、これならどうだ!俺はとっさに思いついたことを言った。何やら恥ずかしいが、彼女が原因なのだから仕方が無い。
頼む、頼む―――
「ああ、そういういうことか。早く言ってくれよ。まあ、また何かあったら連絡する。今日は捜査に協力してくれてありがとう。感謝するよ」
若い警官はこれで納得してくれたようだ。手帳に素早く記入すると、俺に笑顔で答えた。警官の笑顔が憎たらしい。
ああ、俺はとうとう、間接的にだが、彼女に名前を明かしてしまった。
今まで暗黙の了解で伏せていたこと。それがとうとう破られた。
ええい、俺はこんな形で彼女に名乗りたくなかった。
もっとこう、ロマンチックな感じで、いや、何を考えているんだ俺は。ただ、なんとか切り抜けたようだ。
中年の警官は俺たちの方に戻ってきた。どうやら守衛との話し合いが終わったようだ。若い警官と何か話している隙に、俺はそっと彼女に声をかけた。
「というわけだ。以後よろしく」
こんな形で自己紹介になるとは。
「う、うん……。ごめんなさい」
彼女は伏し目がちに答えた。
やはり何か隠し事があるんだろう。後で聞いてやるぞ。だが、聞いたところで答えてくれるだろうか。むしろここまで頑なに隠しているなら空気を読んで聞かないという手もある。だって嫌われたく無いし。
「じゃあ、また何かあったら連絡をくれ」
中年の警官は名刺を渡して言った。
「はい……。わかりました」
とっとと帰ってくれ。俺は内心そう思った。
正直、事件のことより彼女のことが気になってしょうがない。願いが通じたのか、警官たちは撤収しようとしていた。やった。これで終わりだ。
だが―――中年の警官は今日一番驚く事を俺に向かって言ってのけた。
今日は色々あったが、コレが1番の驚きだ。
―――黒ずくめの男が女子トイレに侵入する時よりも−−−盗撮カメラを発見した時よりも、だ。
「もう夜遅い。君たちも早く帰りなさい。彼女をしっかり守るんだぞ、同棲なんてうらやましいな。ははは!」
……唖然としてしまった。
そりゃあ、ああいう風に答えたらそういう関係なのは間違いないけど、なんてことを言うんだ……。
精神的に参ってしまった俺は上手く表情が作れない。彼女も彼女で呆然としている。2人見合わせて、颯爽と立ち去る警官を見送った。
今日はいろいろな事が起きすぎて、ダメだ。俺はもう、疲れた……。
ピッチャー、交代。
ep2はこの章で終わりになります。ここから終章に入っていきます。あと、もう少しだけ彼らの物語を見てください。




