表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

prologue:1


 あなたの宝物はなんですか―――

 そう聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。私は最近宝物を見つけた。と、いっても形のあるものじゃない。しかも他人には、お母さんとか友達には、まず言えないもの。言ったら怒られるかな?そんなもの。大切な時間―――の事なんだけどね。


 私は最近ランニングを始めた。理由は簡単。部活をやめてからどうも運動しなくってしまい、遂に制服のスカートがきつくなってきたからだ。2日に1回、軽く30分。なんでも書いてあるはずのインターネッツによると、距離やペースではなく、時間と回数が重要らしい。


 と、言うわけで、家のマンション前の県道をとにかくまっすぐ走り、30分ぐらいで折り返すことにした。

 今夜はランニングの日。私は人気のない県道をひたすら走ってます。住宅街を抜けると高い杉の木が並ぶ林道があり、そこまで来ると本当に人気が無い。

 杉並木は夜の暗さを増幅させるかのように真っ暗だ。一応街灯はあるけどね。


 なんとなく、対向車線の杉並木の影に、何かいたような気がした。私はぶるっとする。ちょっとやめてよ……もう夏は過ぎたんだしさ。私はなるべく遠くを見ないようにして走った。

 同時に……不意にトイレに行きたくなってきた。こういったことは意識したら負けで、だんだん限界が近づいてくるのを感じた。この辺りはちょっとした田舎で、コンビニも遠い。そしてその辺の茂みに転がり込むほど私は女を捨てていない。どうしましょう?私は近くに大学があることを思い出した。


 その大学は、この間オープンキャンパスに行ったばかりなので大体わかる。どーせ高校生と大学生の区別なんてわからない。しかも今の私はカジュアルなスポーツウェア。大丈夫。


 杉並木を抜けた後すぐにその大学は立っている。歴史が長いことが有名でキャンパスの入り口から煉瓦が敷き詰められている。鋼鉄の重々しい門は閉まっていたけど、門の脇にある小さい門(といっても私の背丈より大きいが)は開いていた。小さい門の隣には事務所があり、そこは明かりがついていた。

 私は事務室いる守衛さんに慣れた風に「こんばんは」と言った。無事、大学生のふりしてキャンパス内に侵入できた。


 5分後、私は大学の中の、レンガ作りの建物にあるきれいなトイレを見つけた。4つの個室があるトイレは、1番手前だけ誰かが入っているようだったが、あとは空いている。私は競歩の選手のような足取りで勢いよく個室に入った。ああ、危機は回避された。


 用を足し終えて個室から出ると、見慣れないものが落ちていることに気がついた。トイレに入ったときは気が付かなかったが、洗面台の下の薄暗いところ、ピンク色をしたタイルの床に、長方形の箱が落ちていたのだ。確か、学校の保険の時間で先生が口酸っぱく言ってたアレ。この間見た昔の映画で、顎鬚の似合うタレ目の俳優がくわえてたやつだ。

 私は入り口から人が入ってこないことを確認して、それを手に取る。ああ、やっぱりアレだ。


 紙箱の中には、アレが15本ほど入っていて、ライターも入っていた。私は素早くポケットにそれを入れると外に出た。―――何してるんだろう、ワタシ。怪しまれないようにキャンパス内を歩き、この間のオープンキャンパスを思い出す。あった。建物と建物の間にひっそりと設置されたスペース。この間はちょっと近寄りがたい人がいた。そうそう、怖そうな男の人と金髪でくるくるにした女(とてもじゃないが私はそんな髪型にできない)は今はいない。周囲に人がいないことをもう1度確認して、ポケットから煙草を取り出す。


 ばれたらお父さんに怒られるかな?


 学校は退学になるのかな?


 一瞬そんな恐怖が過ぎった―――でも、その時は好奇心が勝った。


 もし人が来てもここの学生ってことにしよう。私は実年齢より大人びて見えるらしい。大丈夫。


 このタバコは私の見たことのない種類だった。

 キラキラした文字で『Super Light』って書いてある。

 緑色のライターを手に取って口にくわえて火をつける。うん、この間調べたもん。

 軽く吸って吐き出す。思ったより苦くない。ただ頭がぐらぐらする。

 ぐえぇ、私は生まれて初めて出した声を必死で抑えたが、めまいがしてその辺にあった椅子に座り込んだ。


 これが大人の味なのか―――ぐるぐるぐるぐる。




 数分後、頭が煙に覆われたような感覚からほんの少し回復して、夜空を見上げた時、不思議な感覚で私は満たされた。

 パイプ椅子の堅い感覚、口内にまとわりつく粘った苦味、遠くの高速道路から聞こえる車の音、汗を乾かすようなささやかな夜風。それらがすべてミキサーで混ざり合い、私に1つの答えをくれた。


 私を自分の不満のはけ口程度にしか思っていないクラスメートも、全然行きたくない大学を進めるお母さんも、私よりも勉強のできる弟と妹も、高校生らしくないからって理由で描く題材を変えようとする美術教師もどうでもいい。どうでもいい。


 ―――本当の私はここにいる。


 その日以来、2日に1回、夜の喫煙所での時間が私の宝物になった。対策もばっちりだ。家に帰った後は汗をかいたからという理由で、すぐシャワーを浴びにおいを消す。タバコは大きめのサニタリーポーチに入れて隠す。コーヒーを飲んで口臭もごまかす。うん、完璧だ。


 かくして私は自分の時間を手に入れた。


 私だけの時間、だれもいない空間で自分のすきなことをして、すきなことを妄想できる時間―――


 そう、今日のこの時までは。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ