子供の名前を付けました
「「「「可愛いっ!」」」」
女性たちが声を揃えて、表情もベロベロになっている。
ここは獣人連合の1つ、猫王国の宿場町だ。ここで一泊する予定である。宿屋の娘さんが子供を産んだというので見せていただいていたのだ。
生粋の猫獣人の場合、生まれたときは猫の姿で大きくなっていくに従って獣人の姿に変身出来るようになるらしい。人との混血の場合、一度変身すると後は生涯獣人の姿だという。
敏捷性は生粋の猫獣人のほうが高く、変身前の姿のほうがさらに高いのだという。だが魔界との戦いの中で戦場に多く男性を取られたため、人との混血が進んでいるということだった。
どちらにしろ、生まれたときは猫の姿らしい。
「可愛いねぇ。モーちゃん。」
普段は媚び媚びのクロノワール様もこのときばかりは素顔を見せてくれる。いつもこの調子だったらいいのに。
「撫でてもいいですか?」
皆が聞きたそうにしていたが誰も言い出さなかったので僕が代表して言った。
「でも、そうっと触ってね。」
「まずはモーちゃんからどうぞ。」
真っ先に触りに行くと思っていたクロノワール様から声が掛かる。僕が一番最後だと思っていたから驚く。
「ほら。クロノワール様の夫だから一番。私は最後ね。」
分体のクロが説明をしてくれる。いつの間にか、この中で一番地位が高いことになっている。
「早くぅ。」
クロノワール様が急かしてくる。
「あっ。」
僕が触ろうとした途端、幻惑王が声をあげる。早く触りたいのだろうか。一瞬手が止まりかけるが周囲の視線に押されて触っていく。
赤ちゃんとは思えないほど、毛の一本一本がしっかりとしており意外と硬い。子猫は僕の手をクンクンと匂いを嗅いだあと、手に顔をこすりつけてくる。
「いいわねえ。素敵な殿方に撫でて貰えて。どう? この子を貰って頂けないかな。娘とセットでも構わないわよ。」
「お母さんっ!」
何とも言えない幸せな感触に感動していると宿屋の女将さんがまるで世間話をするかのように言ってくる。
「この娘、近衛師団の副団長まで登りつめながら、あっさり辞めちゃってさ。何やら帝国の貴族様と一緒にお菓子屋始めたと思ったら、その貴族様に捨てられたらしくってね。子供までこさえておきながらなんてヤツだよね。」
「違うのよ。お母さん。彼は子供が出来たことを知らなかったの。突然、連絡が取れなくなっただけなのよ。」
これはラシーヌ伯爵のことだろうか。公爵令嬢の顔を見ると頷いているから、この国でも店を出していたのだろう。ラシーヌ伯爵は爵位剥奪は免れたものの、領地の半分を没収され邸宅も売り払い、子爵夫人の家で子爵夫人の世話をしながら暮らしている。
当然、人界にあったお菓子屋も撤退したのだろう。
「そんなことを言って無一文で帰ってきたのはお前じゃないか。家には、お前を雇う余裕なんて無いんだからね。それに店の手伝いなんかしてくれたことが無いじゃないか。」
「そんなことを言わずに店の警備でもやらせてよ。」
「無理だね。大抵の奴ら、料理長が鍋を振り上げて追っかければ逃げていくもの。それにお前の弟の子どもたちも雇わなければいけないからね。あっちは子沢山だから、半分の2人しか雇ってあげれないんだよ。それが1人になったら何て言うか。」
人と猫獣人の場合は1人だけど、猫獣人同士の場合は1度に沢山の子供を産むらしい。
「そう言う、お母さんも帝国の人に捨てられて私を産んだんでしょ。少しは同情してくれてもいいじゃない。」
「まあね。向こうの奥様には『泥棒猫』呼ばわりさ。でもね。お前が15歳になるまで慰謝料を払ってくれたんだよ。リチャードは何と言ってもメリッサ通りにある有名な男爵家の執事とかで悪い噂を流されたく無かったんでしょ。要求したら、あっさりと払ってくれたわ。」
うわっ。メリッサ通りの男爵家って僕のところしか無いじゃないか。しかもリチャードって名前だと決定的だな。そういえば、アンナさんが妊娠中に浮気されたとか言っていたなあ。
「それ脅迫してるじゃない。しかも私たちの成人は1歳なのに15歳まで貰っていたの? ほとんど詐欺じゃない。」
道理で毎月小遣いに汲々としているわけだ。
「知らないわよ。くれるっていうものは頂いておくだけさ。」
「それでどうしたのよ。そのお金。」
「コツコツと貯めて、この店の開店資金にしたわよ。お陰でこうやって魔界の方々にも立ち寄って頂ける規模になったわ。リチャード様々ね。」
リチャードの娘さんが路頭に迷おうとしているんだ。これはリチャードに教えてあげなくてはいけないな。
「わかりました。僕が彼女を我が家の護衛として雇いましょう。これから魔界に同行していただいてある一定以上と思われたら、自宅の警備に入って貰うことにします。」
あまりにも使えないようなら、リチャードに引き渡すだけでもいいよな。
「よかったわねニャオン。ついでに旦那さんにこの子の名前を付けて貰ったらどうだい。」
「そうね。お願い致します旦那様。この子の名前を付けて頂けませんか。」
赤の他人の僕が付けていいものなのだろうか。
「『ミー』という名前は如何でしょう。」
周囲の期待の眼差しとニャオンさんの縋るような視線に断る勇気などなかった。
「なるほど、モーちゃんだからミーちゃんなのね。」
それ違いますから、貴女が勝手に呼び出しただけだからクロノワール様。僕はモトラビィチという名前で挨拶しましたよね。
「可愛い名前。センス良いよねモーちゃん。」
ええ貴女よりはね幻惑王。幻惑王というかアレクサンドラ様が付けた名前はダジャレが多いと聞いたことがある。響きが似ている異世界の食べ物の名前を付けることが多いらしい。
誰も知らないから凄くセンスが良いと言われているが時々同じ名前の食べ物がレシピ本に出てきてバレるのだ。レシピ本といい、いったいどれだけ食い意地が張っているんだか。
「ありがとうございます。可愛い名前を付けて貰ってよかったね。ミーちゃん。」
本当に良かったのかなあ。鳴き声がミーミーと鳴いていたから考えついた名前なんだけど。