クロが逝くときのことを想ふ
「モーちゃん。是非弟子にしてください。ほら高貴な方々ばかりじゃ飽きるでしょ。そんなときにつまみ食いでもしてください。」
本当のボスであるユズさんを倒した僕は小ボスであるドロンさんに迫られていた。弟子と言いながら中身違うよね。
「イヤイヤイヤ。貴女、夢魔なんですよね。つまみ食いでもしようとものなら死んでしまいますって。」
「いいじゃないのケチケチしなくても、『死に戻り』できるんでしょ。私と相性抜群じゃないですかぁ。一回でいいから、精気の一気飲みをやってみたかったんだ。」
最後のが本音らしい。怖いですドロンさん。
「ちょっと待ちなさいよ。ちゃんと順番を守りなさいね。私が愛人枠の補欠の1番よ。娘が次でニャオンさんで4番目ね。」
「はーい。」
勝手に話を進めないでリオーナさん。ニャオンさんまで入っているし。
いつから補欠制度が導入されたのでしょう。少なくともリオーナさんの順番は絶対に来ません。
「俺らはどういたしましょう。」
大ボスであるユズさんの指示なのか、男たちはイヤに下手にでてくる。
「そうですね。このまま、この街道沿いでイザコザが起きないように警備しておいてください。日給はユズさんが出してくれるそうなので。そうですよねユズさん。」
「そ、その通りよ。なんならここに住んでも構わないわよ。自給自足で生活する分には死霊王さまも何も言わないから。」
ユズさんが馬車から顔を出して答えてくる。さっきからずっとぐったりしたままだ。
「大丈夫ですかユズさん。」
「いったい誰の所為よ。」
おっと! 意外にも反論する元気は残っているらしい。
「貴女ですよ。貴女の企みの所為です。だから全て話しておいて欲しいとこれだけお願いしているのに話さないからですよ。わかっていますか?」
それならばと、反論出来ないように畳みかけるだけだ。
「・・・はい。その通りでございます。」
強情だなあ。まあ身体の関係を持っただけで完全に心を許してくれていないのはわかっていたけれど。
「それでも話してくださらないのでしょうね。わかりました。では、口上を告げるのがユズさんがいいと思う人、手を上げてください。『はーい。』・・・はい決定です。」
ユズさんの部下たちも含み、ユズさん以外全員の手が上がる。
「お前たちっ!」
「だってお嬢、これ反論したらお鉢が流れてくるに決まっているじゃないですか。」
「せめてリオーナ少しくらいは代わってくれても・・・。」
「口上は見せ場なんだから、私の出番は無いって仰っていたじゃないですか。」
当然、皆さんやりたくないようだ。
「これでヤラセを回避しないとその度に貴女が疲れることになりますよ。」
それ以降も手間暇かけた仕込みがあきらめきれなかったのか。すぐバレるヤラセを連発してはグッタリとしていた。
しかもなぜかその度に色っぽい女性が一行に加わってくるのだ。
どう考えてもユズさんの意図はミエミエだ。泊まれる施設のあるヘルヘイム国に入ったら、僕に女性慣れさせようということなのだろう。
そこまで僕がお子様だと思われていたとは・・・誰が人の下半身事情まで世話してくれと言ったんだよ。全くユズさんの男性観はどうなっているんだ?
まるで『愛』と『欲望』の間になにもないといっているかのようだ。男性にも機敏もあれば好みもあるというのに・・・。
「ここからヘルヘイム国に入ります。」
「こ、これが・・・凄い城壁だ。」
関所と呼ぶには巨大過ぎる門。関所の中にはさらに大きな建物があり、まさに城壁。しかも国境線には黒く長い壁が続いていた。先の先を見てもどこまで続いているのかわからないほど長い。
「その黒い壁には近付かないでください。近付くものを何でも食べてしまう生き物なんです。」
よく見ていると時折、黒い壁が動くのがわかる。虫でも捕まえて食べているのかもしれない。
「凄い。こんな長くて大きな生き物がいるなんて。」
これならば、国境線を歩いて超えようという輩は出ないに違いない。
「いいえ。これは代々の王の分体の成れの果てです。分体は寿命がくると暴走してしまいますので、ここで他の分体と融合されることになります。私もいずれ、あの壁の一部となり国を護ることになるはずです。」
クロの説明に思わず言葉に詰まる。
「えっ、そんなことに・・・。」
彼女が僕よりも先に逝ってしまうことはわかっていたが、まさかそんな別れが待っていようとは思わなかった。
「そんな顔をしないでください。私は十分に生きました。しかも、最後にこんな素敵な人に出会えて、私はこんなにも幸せなんです。貴方がこの世界の王になった瞬間を見れないのはツラいけど、次の分体が見守っているはずですから。」
「でも、それは君であって君ではないじゃないか。」
「いいえ。私なんです。クロノワール様本体が生きている限り、私も生き続けるのです。ですから、次の私も愛してあげてください。」
僕の心を軽くしてくれようと一生懸命なのはわかるけれど、そんな別れって無い。あんまりだ。




